ノワール

「ノワール」(BD版)第4話

 作中でもかなり地味な回、という印象もある第4話。その理由は「Noir 各話音楽含有率」(Noir #26 誕生 « ぐる式)を参照すれば一目瞭然、全26話で最も音楽が鳴っていない回だからである(それでも比率は50%を超えている)。奇しくもタイトルは「波の音」、……この明らかなる仕掛け。

 開幕はパーティ会場。お気楽なムードにふさわしい音楽が流れている。レコードっぽい音質……と思っていると、ちゃんとラッパ型蓄音機が映る。ミレイユ登場、お色気作戦で男の銃を取り、始末しようとするまさにその時、カメラは回転するレコードを大写しに。すると音楽が途切れて、わざとらしいタバコの落下音と女の悲鳴。今度は霧香が赤く光るフォークを見せる。ということは霧香もターゲットを既に始末したわけで、するとさっきの悲鳴はどっちの仕事に対するものなのか曖昧になる。レコードを大写しにして視覚と聴覚を一致させておきながら、音楽と物語の両面で直後にそれをぶった切る。なんとも人を喰った音響演出。タイトルは「波の音」、視覚的な波とその音はどう交差するか。

 クリミア=ウクライナ情勢緊迫の折、「ウルジア」なる国のクーデターコーディネートと言われると、なんだか妙にリアルな感じが。海岸リゾートっぽいコテージに着くノワールふたりのバックには早くも波の音が聴こえている……ような気もするが、さして印象にも残らないうちに画面はアトライド社へ。やたらガチャガチャした音を立てて開くエレベーター。こっちのほうがよっぽど耳に残るし、SEがこんなに聞こえたからこそ、そこが音楽無音の場所であることに注意が向く。第4話はノワールふたりとターゲットのアトライド社(の社長)を交互に描いていくが、アトライド社パートは最後まで無音なのである。音楽含有率の低さもこれで納得。「タナーとフォスターはツイてなかった。……が単にそれだけのことだ」と切り返す社長が良い。

 ノワール側に視点が戻ると、さっそく音楽と波の音。だが海は遠景にあって波が見えない。「静かな海ね」というミレイユのせいで余計に波の音が気になるが、画面はぼんやりした霧香の表情から1話の竹林戦闘シーンの回想へ。ここの回想が音楽無音で風の音を聞かせる!「canta per me」が朗々と流れていた1話とは全く違う感触で面白い。回想から戻ると音は風から波へ。光る海に波がチラッと見えるが、また視点はアトライド社=ハモンド社長側に移ってしまう。空港での娘との再会からホテル(自室?)まで音楽は無し、微妙な親子関係と相まって重苦しい雰囲気。ノワール側に視点が行くところで、波の姿がハッキリ映る。徐々に存在感を増してくる波、何かが満ちてくる感覚。

 移動中の車内、「止めてくれ」と言う社長。小さな立方体の箱を、娘の写真の前に置く。誕生日プレゼントである。ああ、「ターゲットと護衛が気を緩める瞬間」に殺されなくてよかったね(cf.Phantom4話、この回と被せている?)。密告によって即座にコテージが包囲される。波の音が聞こえる。ここに至って波の音がノワール側=有音アトライド側=無音の橋渡しの機能を持たされていることがわかる。戦闘が始まるが、なんかこの回の霧香は作中でもかなりエロい感じがする。服装、表情、セリフ、妙に虚ろである。ミレイユ「やれると思う?」に対して「えぇ……?……」。

「canta per me」を引き連れて、冒頭で来た道を逆向きに走る。地下駐車場で「salva nos」、これまで無音だったアトライド社にノワールが音楽を連れてくる。アトライド社の人間のバックに音楽が流れたとき、そいつは死ぬ。霧香が社長に銃を向けてから射撃まではたっぷり30秒、ここで第3話でも使われていなかった「salva nos」ラストのギターパート! 「salva nos」は実に4話かけ続けて全体を明かした。曲が終わると霧香は撃つ、まるで音楽が聴こえているかのよう。

 ラストシーン、ロザリーと霧香がすれ違う。ロザリーのほうが長く画面に留まるが、カメラが追うのは霧香。最後に波だけが映され、その音が聴こえる。だがアトライド側に視点が移ることはもうない。

(追記)そもそも音とは波なのであって、この視覚と聴覚の交錯こそ、ノワールの妙味なのである。

「ノワール」(BD版)第3話

 言わずと知れたポップコーン回。雨の墓地、女が墓参していた墓はミレイユの右側にある。ミレイユの顔の向きとカメラの動きで表現されてはいるが、ちょっとわかりづらい(違和感を解消させるために俯瞰カットが入る)。要するに、ミレイユはわざわざ墓石と樹木の向こう側を見てしまうほど、あの女に気を取られたというわけ。

 霧香が起き上がり、立ち上がる。いちいち芝居が細かい、と思えるわりに、大胆な引き、散らばった写真の俯瞰、プリンター内部と、トリッキーな画が多い。コンテ演出の川崎逸朗によると(twitter)、MSCグロス回はこの3話とイントッカービレの8・9話、いずれもノワールにしてはアクションの激しい話数のような印象もあるが、実は相当工夫されていたようで。これらの回は作画的にも癖があって面白い。例えば、花屋の霧香の興味なさそうな表情、あるいはメンテ中に思わず銃を構え合う二人の、通じ合っちゃってちょっとびっくりしたその感じ。部屋の左側の姿見は、たぶん置くべきだが、置くんだったら鏡に映ったこちら側も見たい。

 さてこの回はなんといってもアクションシーンである。早くも「salva nos」が流れる中、敵地に侵入するノワール。警戒しながらドアノブに触れる霧香と、既にドアを開けてしまっているミレイユ。案の定ミレイユは敵に見つかってしまい、強烈な照明を当てられる。懐中電灯の照明と画角を合わせた暗闇の表現を味方にして脱出する二人。進入時には無人だったオペレーション室のモニターが点灯し、デュクスが追跡の指揮を執る。ここでノワールはべつに照明を落として回っているわけではないが、監視カメラを破壊する行為がモニター側から捉えられることで、暗闇への転換がノワールの能動的な動きとして描かれる。彼女たちは暗闇に追い詰められたのではない、彼女たちが暗闇を選択したのだ。最終的には、デュクスのほうが「カットしろ」と電源を切ってしまい、真っ暗闇に。ここですかさず「salva nos」のイントロ! 視覚がカットされ、音が聞こえ始める「ちょうだい、ポップコーンをちょうだい」

 1・2話でも書いたように、「canta per me」や「melodie」、「salva nos」といった、作品の鍵になる音楽については、使用範囲を広げながら次第に曲の全貌を明かしていくような音響演出がとられていた。「salva nos」は、第1話では顔見せ程度の使われ方だったが、第2話では1コーラスぶん使われている(クライマックス部分はアカペラ)。そして第3話。まずAパート、侵入失敗シーンで掛かるのはカラオケバージョン。2話アカペラ→3話カラオケ、焦らす焦らす。で、Bパート、本番アクションシーンで、遂に全体が使われる! 画面では、音響演出の存在感と呼応するかのように、視覚をカットされた中での聴覚を頼りにした超人的アクション。ポップコーン、グラス、暗視ゴーグルの起動音と、音響を味方につけて闘う霧香。そして曲のクライマックスは、それに合わせて突撃してきてくれるかのようなデュクス一味を、マシンガンで一気に叩く。連射しまくる霧香の姿は、黒を背景にした3カットで描写されて印象的だが、そう、これこそ暗闇の中で闘っていた霧香の“ほんとうの見え方”ではないか!

 霧香はいまやマズルフラッシュの照明効果をも利用し始めた。蜘蛛女に迫られていたミレイユへの警告は、マシンガンの連射音と、マズルフラッシュの照明。スローモーションで振り向くミレイユの映像で、「salva nos」がフェードアウトし、シーンがカットされる。このシーンのように、映像のバックグラウンドで音楽が鳴っているのではなく、音楽が映像の構成に介入してくるかのような音響演出は、いわゆる真下演出に特徴的なポイントだと思うが、そのような時間を作るための具体的な手順が見て(聴いて)とれる。“映画”と“弾丸”を思い起こさせるポップコーンをばら撒いて、霧香はその映像に参加するかのように闘った。演出と物語展開の噛み合った、傑作回の一つである。

(霧香のマシンガンの連射音は、ダビングで変更されたものらしい(twitter)。アンチリアルな初期バージョンにも興味をそそられる。そっちのほうが……?)

(参考)ぐる式: Noir #03 暗殺遊戯
「初っ端でいろいろな楽曲を小出しにして印象付けておき,続くパートの長流しでダメを押すという手法が共通しているのが見て取れる」。楽曲の使用時間の定量的な記述は、大いに鑑賞の助けになる。

「ノワール」(BD版)第2話

 BDのPVで気づいたが、「BEE-TRAIN」なる店が登場している第2話。カフェの席からゆっくりと立ち上がるミレイユが良い。冒頭で吹っ飛ばされた一家の葬式。楽しげな音楽が途切れ、墓地と葬儀の静寂が感じられる……と思っていると、カメラは「私の車で話そう」と言った男二人を追って車に入り、彼らがドアを閉めた途端、本当に無音の静寂。音響のフェイントと会話する二人の顔アップが、二人の間に座ったかのようなカメラを意識させ、注意を作品世界に引き込む。車内の空間の狭さ、二人の距離の近さ、会話の深刻さ。車内の二人は同時に映されないが、そのことが却って距離の近さを感じさせる。手前と奥に分かれて車から降りてくる二人。こんどは堅気と内通者の距離が感じられる。

 霧香の仏国旗のTシャツ、白の部分が大きすぎませんか。霧香がミレイユにナイフを渡す名シーンは、ミレイユの「そこのナイフとってちょうだい」でミレイユ側からナイフ手元のアップへ、霧香がナイフを回転させると、次のカットは霧香の一人称。セリフと動きとカメラの回転が噛み合っていて面白い。(1)ミレイユ側から台所の二人→(2)ナイフ回転→(3)霧香視点で無言のミレイユ→(4)ミレイユ視点でボーっとナイフを差し出す霧香→(5)もう一度(3)と同じミレイユ。(3)があるか否か。(2)の次が(4)では霧香がただの異物になる。(3)があるから、ヤバい人っぽい霧香と、それに比べればマトモだが結局は同業であるミレイユ、その微妙な距離感と付かず離れずのカメラが、妙な間とともに現れる。長い1話の回想は、時計を開けるあたりで「melodie」が2コーラス目に入るのが面白い。で、長い回想の後どうなるかといえば、ミレイユが植木鉢をちょっとズラすだけ。こうなると、否が応でも植木鉢は「melodie」と結ばれて、特別なモノとして見えてくる。

 レストランの席に着きすぐ席を立つ、あからさまに怪しいぞピエール・クレッソワ。ノワールが仕事を受け、PC画面に "I will undertake the case. noir" と打ち込まれると、次の場面は1話で見覚えのある荘園の風景。「les soldats」がプロローグ部分を超えて流れる。謎の女性=アルテナが書き物をしている。打ち込まれた "I will undertake the case." と「書く」という動作が結ばれる。主語がアルテナにすり替わり、「案件を引き受ける」は「核心に着手する」に読み替えられる。ノワールふたりの射撃訓練は、「les soldats」が流れ続けていることで、アルテナによる "undertake" の内であるかのように見えてくる。足を使った調査、射撃訓練、銃の手入れ、仕事人お決まりの準備プロセス。彼女たちが undertake the case することが、アルテナによる undertake the case なのだ。

「ノワール」のコードネームにビビりまくるルグランと、ぜんぜん興味なさそうなクレッソワ。「いくらでも手の打ちようはある」とか言っておきながら全く手を打っていないクレッソワはお笑いだが、本当にものすごく弱いので、まあ極右組織とはそんなものなのだろう(?)。だが明るいうちに死ぬこいつは前座。低い姿勢から的確に射撃するミレイユが良い。ノワールが仕事を遂行するうち日が落ちて、赤黄の暖色系だった背景が、紫と暗闇の霧香パートに変わる。だから、あのオッサンは影から出てくることができる。「好きにしろ」と言われて本当に好き勝手やっているこのオッサンはなかなか好感の持てる相手だ(そういえばこの首絞腕時計は「タイラー」でハルミ伍長が使っていた)。銃でピアノ線(?)を受け止めてサングラスの弦で刺すアクションは、面白いけどちょっと見えにくい。

 アクションシーンで流れるのは「salva nos」。1話ではほんの顔見せ程度の使われ方だったが、今回はちょっと長めに掛かる。だがまだ1コーラス途中までの溜め。明るくなったセーヌ河畔、帰還するふたりにはサビ部分のアカペラバージョン。この曲の全貌が明らかになるのは次回以降。空は黄緑、部屋は黄色、たとえ同じ部屋の同じ壁であっても、この世界では何色にでもなりうる。

「ノワール」(BD版)第1話

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(2014/02/19)
桑島法子、三石琴乃 他

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「視覚には黄、青、赤の三原色をMIX。聴覚にはダイアローグ、音楽、SEをMAX」。アリプロのOP、霧香のモノローグ、パリの風景、ミレイユの部屋、「Make a pilgrimage for the Past, with me.」。“知的サウンド暴力”アリプロのOPから始まり、「其はいにしえよりの運命の名」でおなじみ「les soldats」、アコギが激しい「romance」と、やかましい音楽が聴覚を賑わす。ミレイユが「Make a pilgrimage for the Past, with me.」と読み上げる、音楽が途切れる。ミレイユが「過去への巡礼?」と言い換える。霧香とミレイユの顔が画面上に重なっている。このメールはターゲットの顔を写し出す。ターゲットは夕叢霧香。差出人は不明。「Make a pilgrimage for the Past, with me.」と「過去への巡礼」は同義ではない。ここで消えた「me」とは誰のことか? モニターには霧香の顔が表示されているが、それは差出人ではなくターゲットの顔であり、画面には霧香とミレイユの顔が重なり、発話はミレイユである。「過去への巡礼?」とつぶやいたミレイユが席を立つ。聴覚の隙間に環境音が入り込む。やかましい音楽の連続が、それが途切れた後の音に注意を向けさせる。車の騒音がよく聞こえる! だがこの環境音も次の音響への前触れである、不意に流れだす「melodie」のオルゴール、ミレイユの動きが止まる、SEが無音になる。聴覚の注意はそのままオルゴールに引き寄せられ、視覚はそのように注意を引き寄せられているミレイユに引き寄せられていく。視覚と聴覚がシンクロした流れるようなズーム。「黒き手の処女たち」。

 目を奪われるのはその色彩。OPの飛び散る飛沫の美しさ。ミレイユの瞳の青さと髪の輝き。あの部屋が、こんなにも色彩豊かな舞台だったとは! あの工事現場が、これほどまでに赤と青の交錯する、緊張感にあふれた空間だったとは! まるで作品そのものを象徴するかのような、色と光が差し込む建築=構築/解体の現場! なぜ霧香はわざわざあの工事現場に逃げ込んだのか? なぜあんな危なっかしい場所に座ってミレイユを待っていたのか? 赤い夕陽=真っ赤な透過光を背景にしてミレイユと対峙するためである。立体的な空間に入り落下のアクションを可能にするためである。鮮やかなアクションを決めレベルをひとつ下げる霧香。涙を流す、その涙はアオリで捉えられる、上段のミレイユが映り込む、霧香とミレイユの画面上の大小。さっき飛び降りて霧香を追ったミレイユは、しかしここでは降りてこない。

 夕叢家。正座に慣れないのか、姿勢を替えつつ問うミレイユと、不動のままで銃を分解する霧香。ミレイユに語る体裁の回想がモノローグを自然に聞かせる。学生証の写真を見た後、鏡の人物にハッとする、これだけで全てが表現される(これに比べてPhantom1話の煩さよ……)。青い霧香の回想の後、ミレイユは赤い机に時計を出させる。ミレイユのトラウマ回想は黄。3度目の「canta per me」、竹林の緑が美しい銃撃戦。3度めにして「canta per me」が2コーラス目に入る。ハモリコーラスをアクションの合間の止め絵のタイミング=SE無音で聴かせる! ゆったりとパンしながら立体的に銃を構える黒服3人を切り返すこのカットは地味ながら名シーン。珍しい同話数の回想は、ここに至っては尺稼ぎなどではなく必然。霧香の青、ミレイユの黄、霧香の緑と結ばれた回想が、赤い画面に二人を呼び込む。夕陽を背負ったあの画面は、ここでもう一度現れなければならない。「私はいろいろなひとと一緒にいるときは、いつもひとりぼっちだった」。夜、飛行機が飛び立つと、次のカットは青空にはためくトリコロール。青白赤を国旗にいただく国で、二人の巡礼は始まる。光の三原色は赤緑青(RGB)、混合は白。色は青赤黄(CMY)、混ぜれば黒。三本の苗木。「starting in business Noir」。

 音楽が流れていないからといってその時間は無音ではない。激しい音響演出は音楽・SE・会話を等価に用いて時間を満たす。音楽が激しいからそれが止むとSEに注意を引かれる、さらに無音はブランクではなく「無音」という音響の時間を作る。そして、それらを侵犯する時計のオルゴール=「melodie」。1話のうちに4度も用いられるこの曲は、全て物語世界で実際に鳴っている音として鳴り始める。時計を閉じると曲は止まる。だがその音はリズミカルに展開し、作品世界の音から映像の音響演出に移行する。「melodie」と結び付いたソルダの時計は、物語上のキーとしてだけでなく、物語世界と映像演出を連絡するスリリングな性質を帯びてそこに描かれる。どこかの河原での二人の邂逅、夕叢家での対話。二人を交互に止め絵で見せる演出が印象的なこれらのシーンは、環境音を聞かせた後に「melodie」がその対峙を破り、次の映像を呼びこむ。霧香が建築現場に入り、ミレイユがトラウマを回想する。音と映像が緊張した時間をつくる。

「ノワール」(=真下作品)の魅力として、「間の上手さ」や「空気感の濃さ」はよく挙げられるように思う。それにはまったく同意するが、しかしそれらが具体的にどのように現れ、どのような効果をもたらすのか、言葉で書き出すのは非常に難しい。映像に映っていたものとそこから受けた感触を率直にメモしていくことくらいしかできない。いや難しい? 当人はこう書いていたのだった……「〈光の波長〉と〈音の波長〉の同時合体再生アート、…映画の正体は案外シンプルです」

(最初と最後の引用はサントラの真下監督の文章から)