2013年03月

集大成の最低化「ラブライブ!」第12話

「あなたは最低です!」。確かにそうかもしれないが、穂乃果は12話じゅうずっと最低モードだったわけではない。「ラブライブ出場断念」と「廃校阻止の実現」という、お話的には重要なはずの事件が次々に発生しながらも、中盤まではむしろ普通、いつも通りの「きれいな穂乃果」のままだった。穂乃果が最低化していくのは、ことりの留学を知ってからである。そしてこの最低化のプロセス自体が、彼女の目的や行動原理のタネ明かしとなり、12話を「核心回」として機能させていた。順を追って見ていこう。

ll12-1.jpg
ことりの留学が告げられた場面では、穂乃果の表情だけ見ることができない。

 自宅に見舞いにきたメンバーに、ラブライブ出場断念を伝えられた穂乃果。μ'sの名前がないランキングを見て、ひとり涙を流す。その悔しがりようは妹も驚くほどだ。しかしおそらく翌日の登校シーンでは、三年組にフォロー(わしわし)された穂乃果は、わりとあっさり復活しているように見える。穂乃果「いつまでも気にしてちゃ、しょうがないよね!」絵里「私たちの目的は、この学校を存続させること、でしょ?」。絵里いわく、ラブライブ出場は手段にすぎないのだから、廃校阻止という本来の目的に立ち返るべきである、と。このセリフは常識的に考えて合理的かつ正しい。クラスメイトに声をかけられ駆け出していく穂乃果。とりあえず泣きはしたが、穂乃果にとってラブライブはその程度のものだったのだ。

 さらに屋上での練習中、今度は一年組が、学校存続の決定を伝えてくる。まったく唐突に、何の感動もなく、アイドル活動をする名目であり所期の目標だった「廃校阻止」が、あっさりと達成されてしまったのである。物語の到達目標を次々に消去し、打ち上げパーティまでやってしまう徹底ぶりで、お話的にはもう終了なのだが、とにかく廃校は阻止された。ということは、例えば先の登校シーンで「廃校阻止という本来の目的に立ち返ろう」とした絵里にとっては、アイドル活動を続ける理由がなくなっているわけで、さっそくライブについて「大急ぎでやる必要はなくなってしまった」と燃え尽き気味に見える。しかし穂乃果はそんな素振りも見せず、白米を掻き込みながら「こうやって廃校もなくなったんだ、気を取り直してがんばろう!」と、驚くべき発言。穂乃果にとっては、ラブライブに加えて、廃校阻止という目的すら、実はどうでもよかったのである。では穂乃果はなぜアイドル活動を続けるのか? それが「やりたいこと」だからか?

 その答えとして映されるのが、ことりの留学を知らされ「最低」化した穂乃果の姿そのものである。すっかり鬱モードに入った穂乃果は、「私がもう少し周りを見ていれば、こんなことにはならなかった」と、ネガティブ発言を繰り返す。ここで今度は「歌」と「アイドル」の活動そのものを目的としている真姫とにこが、目標を次のラブライブに切り替えようとフォローを入れるが、穂乃果にはまったく効果がない。ということは、彼女にとっては、ラブライブや廃校阻止と同じく、アイドル活動そのものさえも、本当はどうでもいいことなのである。穂乃果は「私、スクールアイドル、やめます」とまで宣う。では彼女はいったい何がしたかったのか? メンバー何もわからず立ちすくみ、海未は穂乃果を殴り冒頭のセリフを浴びせる。

ll12-6.jpg
μ'sの名前がないランキングは、涙の落ちる下に。輝かしいアライズの姿は、見上げる視線の先に。机に置かれたノートPCという小道具が、上目遣い=虚ろな目線の穂乃果を導く。

ここまでのまとめ
・前回まで目標に掲げていた「ラブライブ出場」に挫折する。
・絵里が目標を「ラブライブ出場(手段)」から「廃校阻止(目的)」に引き戻す。
・だが「廃校阻止」が実現してしまい、目標として無効化する。
・真姫とにこが目標を「アイドル活動」に再設定しようとする。
だが穂乃果にとっては、「ラブライブ出場」も「廃校阻止」も「アイドル活動」も、
 実はどうでもいいことだった。


 絵里は聞く「じゃあ穂乃果はどうすればいいと思うの。どうしたいの? 答えて」。ここで穂乃果が回想したのが「これが9人の、最後のライブになるんだから」という言葉だ。この言葉をもって、彼女はアイドルを辞めることを決断した。つまり彼女は、「最後のライブ」を拒否したのだ。「最後のライブ」が意味するのは、9人のμ'sの終点、すなわち活動を「過程」から「結果」化する点を打つ、ということである。穂乃果がアイドルをやめると言ったのは、これまでやってきたアイドル活動に、一つの区切りという「結果」が出て、そこで終了してしまうことを恐れたためなのだ。結果をもってシャットダウンさせるのではなく、「最後のライブ」を延期し続けることで活動を保留状態にし、「最終回」とも呼ばれた10話までの楽しい「過程」を封印しようとしたわけである。これは今までの穂乃果の行動原理を総動員して導かれた、いわば集大成とも言える決断だった。どういうことか。

 12話に至っては明白だが、1話でも書いたように、穂乃果の興味はそもそも「学校存続」という結果ではなく、「輝かしい高校生活を送る」過程そのものに向けられていた。7話ほかで指摘したように、重要なのは結果ではなく過程なのだ。そして3話のファーストライブを経ることで、「輝かしい高校生活」というぼんやりした表現が、ことりと海未の二人と一緒にアイドル活動をする形を得る。ここで12話のサブタイトルが意味を持つわけだが、10話11話で書いたように、結果を顧みない行動は、常に暴走とも言える気まぐれを燃料にしていた。それでも好意的に受け止められていたのは、強運の力を借りた成功という結果を出していたからだ。結果を顧みず衝動的に行動し、「輝かしい高校生活」という魅力的な過程を見せてきた主人公が、実は結果によって正当化されていた! だから、「結果」を出せなかった11話は「暴走」になり、「過程」が終了することを恐れた12話ではその前に「やめる」と言い出す。しかしこれは「結果」の放棄であるから、同時に自身の正当性の喪失を意味した。ゆえに、彼女は「最低」になるのだ。穂乃果の最低化は、彼女の行動原理とその評価プロセスの、二重の意味で必然だったのだ。

 さて12話ではもう一つ、作品全体にかかわる重要な場面があった。これも何度か書いたが(そして上でも同じようなことを言っているが)、この作品の魅力は、「穂乃果がいかに主人公として映像を駆動していくか」「いかに物語の強制力に抗うか」にある。今のところ穂乃果=京極監督の圧勝に見えるが、当然ながら最終回は物語のパワーが最大化するわけで、その決着に期待しつつ、今回はその言葉だけメモしておこう。

 世界の真実を告げるかのように、彼女たちは語る。

ll12-11.jpg

「私がもう少し周りを見ていれば、こんなことにはならなかった。自分が何もしなければ、こんなことにはならなかった!
「それをここで言って何になるの? 何も始まらないし、誰もいい思いもしない!

(→)高坂穂乃果という永久機関「ラブライブ!」第13話
(←)不運ゆえの失敗、すなわち強運ゆえの栄光「ラブライブ!」第11話

不運ゆえの失敗、すなわち強運ゆえの栄光「ラブライブ!」第11話

 ライブ失敗=穂乃果が倒れた原因は、もちろん穂乃果のオーバーワークからの過労と体調不良だが、ではなぜ彼女は暴走したのか? 悩みを抱えていたことりがツッコミ役として機能しなかったことは、ひとつある。しかしそれは暴走を止められなかった原因であり、暴走それ自体の理由ではない。暴走の根本的な原因は、作中ではわざとらしいほど引き伸ばされた時間として表れていた。くじ引きである。

ll11-1.jpg
フラグを立てまくったくじ引き。ご丁寧に真姫の一言「予想されたオチね」

 やたらとハイテンションで印象的だったくじ引きの失敗こそ、穂乃果の暴走の遠因になる。くじ引きをハズしたことにより、彼女たちは講堂を使えなくなってしまう。これまたわざとらしいほどにメンバーが落ち込むなか、穂乃果は代替案として屋上での野外ライブを提案する。確かに他の候補(部室と廊下)よりは合理的な選択肢と言えるが、文句をつけたにこを遮るかたちで、穂乃果はメンバーを説得するために演説めいたことを言い始める。「何よりここは、私たちにとってすごく大事な場所。ライブをやるのにふさわしいと思うんだ」。この発言は、屋上という舞台とそこで行われるライブに、「講堂の代わり」あるいは「学園祭ライブ」以上の意味を持たせてしまう。これが穂乃果の暴走に繋がっていくのだ。

 しかしこの時点では、メンバー(や視聴者)にとって、彼女の言動は暴走でもなんでもない。これまでも見せてきたようなリーダーらしい言動は、ポジティブに受け止められるべきものだ。絵里は言う:「穂乃果らしいわ。いつもそうやって、ここまできたんだもんね、μ'sってグループは」。希も「確かに、それが一番μ'sらしいライブかもね」。その通り。いつもそうやってきたではないか。この作品は、いつも穂乃果の突発的な行動によって駆動されてきた(10話8話1話)。ここから穂乃果の暴走が始まるが、彼女の行動は、実は特別なものではない。高坂穂乃果というキャラクターは、いつも通りに行動しているに過ぎないのだ。

ll11-4.jpg
振付変更シーンの穂乃果は不気味だ。

 後半に進むにつれて、学園祭ライブの地位はどんどん上がっていく。たとえば、曲の変更を提案するシーン。穂乃果「μ'sの集大成のライブにしなきゃ」「ラブライブは、今の私たちの目標だよ」。7話の冒頭まで存在すら知らなかったラブライブが、いつの間にやら究極目標であるかのように言及される。この発言に対しても、希は「まあ確かに、それは一理あるね」。さらに振付まで変更するシーンに至り、無音の中でいきなり踊り始め、嫌がるメンバーを強引に練習させようとする穂乃果の姿に、ようやく暴走の不気味さが見え始める。冷静さを失わない海未はことりにツッコミを振るが、秘密を抱えたことりは「穂乃果ちゃんがやりたいようにやるのが、一番だと思う」と、不発。(穂乃果の暴走を止められなかった要因としては、ことりの遠慮は確かにあるが、完全にイエスマンだった彼女の不調よりは、これまで外部の視点を保っていた希の機能不全のほうがよほど深刻に見える。)

 そして学園祭当日。体調不良を押してライブに臨む穂乃果は、止まない雨に怯むメンバーを前にして、一席ぶつ。「やろう。ファーストライブの時もそうだった。あそこであきらめずにやってきたから、今のμ'sがあると思うの。だからみんな、行こう!」。このアジテーションに誰が逆らえようか! これには真姫さえテンションを上げ、メンバーたちは一致団結。「大丈夫。いける。できる。今までもそうやってがんばってきた。できると思えば、何だってやってこられた。大丈夫」。こうして穂乃果は、今まで通り、いつも通りのキャラクターを演じて動いた結果、雨中の野外ライブという最悪のコンディションで踊らざるを得なくなり、倒れる。

ll11-3.jpg
ライブ前のシーンは、作中でも屈指のかっこよさ。

 11話で穂乃果やメンバーが再三語るのが、「今まで通り」「いつもそうやってきた」というセリフだ。これは事実である。これまでも指摘してきたように、この作品は一貫して穂乃果を主人公として映しとってきたのであり、彼女が衝動的に・突発的に・気まぐれに行動を起こすことが、作品の駆動原理となっていた。そもそもの始まり=アイドル活動の開始じたいが、穂乃果の思いつきだったではないか。よって今回「暴走」したかのように見える彼女は、別に特別な行動をとったわけではないのだ。いつも通り、衝動的に行動しただけである。いわば彼女はいつも暴走していたわけで、今回も通常営業だったのである。ではなぜ今回だけ、酷い「暴走」に見えるのか? 単に失敗したからだ。その原因は? くじ引きをハズしたから。要するに、運が悪かった

 裏を返せば、これまで彼女の暴走は、成功=強運という殻に守られていたわけである。彼女は常に暴走していたが、しかし常に成功していた。メンバーを集め、アイドル活動を軌道に乗せ、μ'sをラブライブ出場目前にまで持ってきた。この実績=結果があればこそ、彼女の暴走は、例えば「主人公してる」とか、「いいリーダー」みたいな、甘々な評価にごまかされてきた。だが今回、いつも通りに暴走した彼女は、くじ引きをハズしただけで、不運だっただけで、最悪の結果を招いてしまう。逆にこれまでの成功は、運が良かっただけなのだ。彼女は恐るべき強運の持ち主なのである(今回もハズレくじを引いたのは穂乃果ではない)。穂乃果の行動は、完全に運ゲーなのだ。

 11話は、これまで作品を駆動し、視聴者にも好印象を与えてきた穂乃果の気まぐれな行動が、実は成功という結果をもって誤魔化されていただけであり、運が悪ければ最悪の結果を残す「暴走」であったことを明かした、素晴らしく悪意的な回だったと言えるだろう。しかしこれは彼女の魅力が消滅したことを意味しない。最悪の結果を導こうとも、行動し作品を駆動する主人公としての彼女の魅力は、それこそ「今まで通り」であるからだ。7話で書いたように、重要なのは結果ではなく過程である。彼女は暴走するから魅力的なのであり、これは次の12話で、さらに強烈な形で示されることになる。

 あと最後に言っておくと、この作品、OPの入りが毎回おもしろいのだが、今回は特に良かった。ラブライブだーーー!!!

ll11-7.jpg
よく叫ぶ主人公だ。

(→)集大成の最低化「ラブライブ!」第12話
(←)穂乃果の異常行動を数える「ラブライブ!」第10話

穂乃果の異常行動を数える「ラブライブ!」第10話

 これまでの勢いはどこへやら、美少女が戯れる凡作になり下がりかけた10話だが、弛緩したお話のなかでも異常行動をとり続ける穂乃果の動きはメモしておかなければなるまい。真姫と希のお話は、はっきり言ってダシである。

1.「そうだ!合宿行こうよ!」

ll10-1.jpg

暑さにやる気を削がれた穂乃果は、いきなりこんなことを言い出す。にこ「ハァ?なに急に言い出すのよ」。希が「連日炎天下での練習だと体もキツイし」ともっともらしくフォローするが、これから練習を始めようという時に突然あたらしいことを言う、穂乃果お得意の不規則発言である。だがこの発言がなければ第10話そのものが動かない。穂乃果はこの発言とともに、屋上から屋内に入ってくる。

2.「ことりちゃん、バイト代いつ入るの?」

ll10-2.jpg

海未に「費用はどうするのです?」と突っ込まれた穂乃果は、ことりにバイト代をたかる。メンバーにたかろうとするリーダーの姿から滲み出るのは、下準備を全く考えない行き当たりばったりな行動原理だ。ことりの手を引き、内緒話をする体でカメラの前=踊り場の奥まで進んでくることが、次の真姫への絡みの布石になる。

3.「そうだ!真姫ちゃんちなら別荘とかあるんじゃない?」

ll10-3.jpg

今度は真姫の別荘を当てにしようとする。渋る真姫をこの表情で落とし、一行は真姫の別荘で合宿をすることに。絡む相手を次々に替えながら、一番奥の真姫のところまで進んできて第10話を起動するアバンの流れは見事。表情もころころ変わり、くるくる回って面白い。

4.「寝てる!」

ll10-4.jpg

別荘についた直後、寝床の場所取りでいきなり寝る。この行動が、夜寝れなくなる→枕投げシーン、と繋がっていく。

5.「って海は!?」

ll10-5.jpg

やる気満々の海未が練習メニューを披露する中、既に水着姿の三人。彼女たちが水着姿で駈け出したからこそ、スポ根練習は回避され、みんな大好き水着回が始まるわけだ。

6.「お茶ーお茶ー」

ll10-6.jpg

食事後、さっさと横になって茶をねだりだす。花火を提案する凛、後片付けの花陽に対して、「花火よりも練習です」の海未がまた合宿をスポ根化しようとするが、ここで穂乃果の行動を見たことりが「でもそんな空気じゃないっていうか、特に穂乃果ちゃんはもう……」と効果的な一撃。からの、花陽「私はお風呂に……」発言でカオスな雰囲気になりかけたところを、希がうまくまとめた結果、みんなで風呂に入ることに。再三不規則発言を繰り返した穂乃果の異常行動があってこそ、ランニング10km(あるいは精神統一)が、今度は温泉シーンに化けたのだ。

7.煎餅

ll10-7.jpg

消灯後、上記4の仮眠が響いて寝れない穂乃果は、今度は煎餅を食い始める。さすが和菓子屋の娘。その物音が気になった絵里が明かり点けたことで、みんなが目覚めて枕投げ大会開始。ということは、穂乃果が煎餅を食っていなかったら、枕投げ大会と、そこからの真姫のデレもなかったのだ。どうでもいい合宿回に見える第10話でも、たとえ真姫のデレ回に見えたとしても、作品を駆動するのは、やっぱり主人公・穂乃果の衝動的な異常行動なのである。

(←)聖域のアマチュアイズム「ラブライブ!」第9話

早い遅さの作り方「ラブライブ!」第8話(2)

前記事から続く)
 さて教室のシーン。「いまさらアイドルを始めようなんて、私が言えると思う?」を捨て台詞に廊下から走り去った絵里は、無人の教室に一人たそがれる。ここから映像は1stのPVをなぞるように進むが、これはただのファンサービスなので別にどうでもよい。もしPVを持ち出すなら、たんに両者が同じ(似ている)ところに喜ぶのではなく、たとえば絵里が見つめる先が「屋上=メンバーの場所」から「窓に反射した自分」に変わったことがどんな効果を生んでいるのか、とかを語るべきだがここでは措いておく。とにかく絵里はひとり教室にいる。

 ここの止め画と無音の演出は、この作品にしては例外的なほど「遅い」時間を作り出している。実際それほど長い「間」ではないのだが、めまぐるしく賑やかに展開するこの作品では印象的なほどだ。おそらく作中ではかなり長い時間が流れたのだろう。屋上にいた穂乃果たちが、希から事情を聞き、着替えて全員で教室にやってくるくらいの時間が。絵里はあまりに心中複雑で、考えに耽る彼女には、穂乃果たちが教室に入ってきた物音などまったく耳に入らなかったのだ、たぶん。で、結論に達したらしき絵里のつぶやき:「私のやりたいこと……そんなもの」。そこに手が差し伸べられる。

ll8-21.jpg

 このカットは元ネタPVと比較しても絶妙な構図(特に手の角度と指の開き具合!)で素晴らしい。もちろんここでは「この手は誰の手なのか?」という疑問がちょっとだけサスペンドされ、その答えを次のカットですぐには明かさず、加えて絵里の振り向きをストップモーションにすることが、ほんの数秒の映像ながら、かなり長い「焦らし」の効果を生んでいる。まさに絵里が「落ちる」にふさわしい「早い遅さ」が作り出されたわけだ。そうして絵里が振り返ると、そこには手を差し伸べた穂乃果とメンバーがいて、穂乃果の「μ'sに入ってください!」発言。穂乃果の手を取り立ち上がる絵里。どさくさに紛れて(?)副会長も加入を宣言して、ついにμ'sは9人になったのでした、めでたしめでたし。

 ……で片付かないのが、この作品のいいところだ。これまで見てきた「早い遅さ」の作り方、決定的な変化を直接描かず、その反応から見せるやり方は、第8話全体に拡張されていると見えるのである。結論から言ってしまおう。「絵里が自分の本当にやりたいことに気づいた」という、第8話のメインにも思える「変心」は、見せかけである。第8話は、唐突さを覆い隠すために、ある決定的な変化それ自体ではなく、それに対する反応を描く。絵里の変心は、出来事ではなく反応のほうなのだ。では隠されている出来事とは何か。主人公・高坂穂乃果の変心である。

 どういうことか。ここでいま一度絵里がμ'sに加入した状況を思い出してみよう。自ら手勢を率いて教室に乗り込んできた穂乃果。不気味とも言える笑顔と無音。教室の端で取り囲まれた絵里。穂乃果は手を差し伸べる。もう逃げ場はない。絵里がμ'sに加入したのは、希が精神攻撃により絵里を参らせ、そこに穂乃果たちが物理的なダメ押しを仕掛けたからであり、直接的には「穂乃果が(あの状況で)手を差し伸べたから」にすぎない。「絵里は本当にアイドルをやりたいと思っていたのか?」という疑問は検討に値するが、ここでは希の言葉を引用するにとどめておこう。「特に理由なんか必要ない、やりたいからやってみる。本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」。絵里はなぜ穂乃果の手をとったのか? 特に理由なんかない。差し伸べられた手をとっただけだ。

 こうして視点は穂乃果サイドに反転する。穂乃果は言う、「一緒にμ'sで歌ってほしいです、スクールアイドルとして!」。これ以上無い、真正面からのスカウトだ。しかし彼女はそんなことを思っていたか?

 穂乃果が自ら手勢を率いてスカウトにやってきた理由は、ここでは三重にはぐらかされつつ説明されている。一、まず穂乃果は、なぜ教室に現れたのか自分からは語らない。ここでその役割を演じるのは海未のセリフ「さっき希先輩から聞きました」だ。二、海未は希から何を聞いたのかは語らない。今度はにこが「やりたいなら素直に言いなさいよ」と受ける。三、よって私たちは、希がメンバーに漏らしたのは「絵里がアイドルをやりたいと思っていたこと」だと推測するが、実は絵里は「アイドルをやりたい」とは一言も言っていないのである。絵里が涙を浮かべて語った言葉は、「いまさらアイドルを始めようなんて、私が言えると思う?」だ。これは解釈が必要な発言である。つまり穂乃果の手は、希が絵里の言葉を「アイドルやりたい宣言」として解釈し、伝言ゲームのように不確かに伝えられた結果として差し伸べられたのだ。「一緒にμ'sで歌ってほしいです!」なんて嘘だ。穂乃果は自分の意志や希望ではなく、希の不確かなソースにそそのかされて、ただ衝動的に行動したのだ。

 穂乃果は希のリークを受けて衝動的な突発行動を起こしたのであり、積極的な理由で絵里を誘ったのではなかった。そもそも穂乃果には、絵里をメンバーに加えようという考えは、直前まで全くなかったではないか。屋上での練習シーンでは、絵里をあくまで指導役として扱っているし、指導役に迎えることを提案したのも、海未であって穂乃果ではない。第8話に至るまで反目しあっていたアイドル研究部員と生徒会長に、和解の兆候はぜんぜんなかった。そんな彼女が、急に満面の笑みを浮かべて手を差し伸べる。第8話の映像演出が唐突さを覆い隠そうとしていたのは、絵里ではなく、穂乃果の変心のほうなのだ。

ll8-40.jpg
絵里を指導役に迎えることが却下される流れの中で、穂乃果は突如「私はいいと思うけどなあ」と不規則発言し、物語を一気に動かしていく。

 第1話でも、穂乃果がアイドル活動を始める決断を下す決定的な瞬間は映されず、彼女が踊る姿を見た海未とことりの反応が描かれていた。第1話の記事では「穂乃果の躁鬱サイクル」が映像の駆動原理となっていることを指摘したが、第8話でも同じことがいえる。「ラブライブ!」という作品は、効果的な演出によって穂乃果の突発行動を誤魔化しつつ、まさにその突発行動を駆動原理にすることで物語的な強制力に抗っている。変心、不規則発言、あるいは突発行動、「特に理由なんか必要ない、やりたいからやってみる」。希の言葉は、高坂穂乃果の行動原理そのものであり、すなわち「ラブライブ!」という作品の駆動原理でもあるのだ。

→・聖域のアマチュアイズム「ラブライブ!」第9話
←・数字とアイドル(部)活動「ラブライブ!」第7話

早い遅さの作り方「ラブライブ!」第8話(1)

 第8話、会長加入。いや、8話まで引っ張っておいて、結局穂乃果がツンデレを攻略するいつものパターンではないか!……こう思ったひとは、高坂穂乃果のこれまでの仕事を過大評価している。実績を振り返ってみると、イエスマンのことりは置いておくとして、海未・真姫・花陽には断られ、凛とにこには声すらかけていない。穂乃果が「μ'sに入ってください!」と正面突破でスカウトして成功したのは、実は今回が初めてである。今回、会長は確実に「落ちる」ように見え、だからこそ穂乃果は自ら手を差し伸べたわけだが、しかし会長は、これまでアイドル活動には一貫してネガティブな人物だったはずだ。だから絵里はこの1話で完全に心変わりしたようにも見える。

 とはいえ、絵里が心変わりすること自体は、全くもって意外なことではない。絵里が加入する「結果」は、OPを見れば誰でもわかるからだ。そういうお話だからそうなるに決まっているのである。これが物語の強制力であり、第1話で書いたように、この力に屈した映像は、ただお話を説明するだけの総集編に堕ちる。だが第8話はそうではない。第8話は、これまで100%ネガティブだった絵里の加入を、物語的な要請ゆえの”唐突さ”を何重にも回避しながら映しとっている。見ていくのは、副会長との直接対決と、教室でメンバーが勢揃いするシーンである。

 まず廊下にて、副会長との直接対決シーン。穂乃果に「廃校をなんとか阻止したいと思う気持ちは、生徒会長にも負けません!」と言われてしまった絵里は、無言で屋上を立ち去る。始業前の校舎をひとり歩き、わざとらしく立ち止まったところで、副会長が声をかけて戦闘開始。

ll8-1.jpg

副会長は屋上へ続く廊下のヨコからインしてくる。俯瞰気味のカットで、絵里とはナナメの位置関係であることが示される。まるで直前の穂乃果とのやりとりを知っているかのような(覗いていたに違いない)副会長の攻撃:「エリチは本当は何がしたいんやろうって」「一緒にいると、わかるんよ」で、次のカット。

ll8-5 (2)

副会長「いつも何かを我慢しているようで、全然自分のことは考えてなくて」。エセ関西弁安定だった副会長が、作中ではじめて感情的に声を荒げる。副会長の表情が気になるところだが、しかしカメラは対峙した絵里を捉えて切り替わらない。感情的な副会長の表情は、少しのあいだ保留され、ちょっとしたサスペンス状態に置かれる(1)。

ll8-6 (2)

サスペンドされていた副会長の表情は、次のカットですぐ明かされる。副会長「学校を存続させようっていうのも、生徒会長としての義務感やろ!?」。このカットは対決シーンで唯一両者の顔が見えるカットであり、ナナメの構図もあって印象的である。話を打ち切って立ち去ろうとする絵里に対して、副会長が畳み掛けてそれを阻止しているのだが、ここで副会長が一歩踏み出したことで、ふたりの位置関係が直線上で向きあうかたちになり、絵里はこの本音バトルに参加せざるを得ない状況に追い込まれる。副会長「エリチの本当にやりたいことは?」

ll8-11.jpg

この位置関係の変更は見事。先とは逆にアオリ気味に捉えることで、画面上の立ち位置・大小を反転させ、副会長に屋上を背負わせたうえで、ふたりを直線上に対峙させている。ここで気になるのはもちろん絵里の回答だが、聞こえてくるのは屋上=光源の穂乃果たちの充実した練習声。これが燃料となって、絵里が切れる。「なんとかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!」。今度は絵里のターン。「私だって、好きな事だけやって、それだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよ!」。だがまだ副会長の問いには答えていない。今度は脚本のレベルで、絵里の回答がサスペンドされる(2)。ここでカットが切り替わり、カメラは副会長を捉える。

ll8-19.jpg

少しの間のあと、これまで余裕っぽかった副会長が、何かを見て驚いた表情になる。副会長は何に驚いたのか。また映像レベルでのサスペンド(3)。

ll8-30.jpg

絵里の涙。解答は即座に示された。ここで先の問いへの答えである(とは必ずしも言えないのだが、ここでは仮にそうしておく)核心のセリフ「いまさらアイドルを始めようなんて、私が言えると思う?」が語られ、絵里が教室に走り去ってシーン終了。

 このように、副会長との対決シーンでは、(1)劇中ではじめて声を荒げた副会長の表情、(2)「本当にやりたいことは?」という問いに対する絵里の回答、(3)驚きの表情を見せた副会長が見たもの、というように、映像レベルと脚本レベルの両方で、視聴者をちょっとだけサスペンドし、即座に解消するサイクルが連続する。このことが、第8話の映像から、冒頭にあげた「物語的要請ゆえの唐突さ」を回避させている。

 物語上、このシーンは、かなり唐突な展開が連続している。始業前の朝っぱらから、いきなり「ずっと思ってたことがある」とか語りはじめ、めったなことでは動じないはずの副会長が声を荒げ、「本当にやりたいことは?」のやりとりの末、絵里は泣くわ叫ぶわの大騒ぎ。なんだか急に精神が不安定になったかのようにも見えるのだが、それも当然、朝っぱらから副会長と激しいやり取りになり、絵里が激昂して涙を流しながら核心的なセリフを喋ることは、お話としてそう決まっているわけで、いくら唐突であろうと、そういうお話なのだから、そうなるに決まっているのだ。

 そこで呼び出されるのが、出来事を直接描かず、その反応から見せるやり方である。映像をキャラクターの反応から見せていくことで、出来事自体をちょっとしたサスペンス要素として宙吊りにし、映像が呼び起こす効果を「どうしてそうなったのか」から「何が起こったのか」に変容させる。そして即座に解答=出来事そのものを明かし、「サスペンス→解消」の効果サイクルを連続させることで、事態の唐突さを上書きしてしまうわけだ。副会長が声を荒げる瞬間、または絵里が涙を浮かべる決定的瞬間は描かず、この唐突な事態に戸惑う反応から映しとる。出来事自体の唐突さをサスペンスの解消というかたちにすり替えることで、このシーンは、遅い変化であるはずの「ツンからデレへの180度変心」を、唐突さを回避しつつ短時間で導き出す、いわば「早い遅さ」を作り出しているのだ。

 この「早い遅さ」は、次の教室のシーンでもあらわれる。(続く