2014年04月

キョウドウライブ「ラブライブ!」2期第3話

 作品世界が一気に拡張された。なんといってもA-RISEである。これまでさんざん「トップスクールアイドル」だの「勝てない相手」だの言及されてはきたが、登場はその語られた評価のみで、実際どんなヤツラなのかはまったく描かれることがなかった。そこまで言うからには本当にすごくなければ話にならないが、ライブパート作画の3DCGの有無という技術的な条件も味方にして、そのハードルは確実に超えてきた。パフォーマンスには確かに目を惹きつけられた。しかし。穂乃果も言っていたではないか、「A-RISEのライブがすごいのは当たり前だよ」(これを作中で言わせる)! A-RISEのライブに惹きつけられるのは、話の前提にすぎない。

 ライブ会場を探すμ'sが、屋上→講堂→校庭と移動して、アキバの街に出てくる。UTXのモニターに、いつものようにA-RISEが映っている。物語世界でのトップスクールアイドルらしく、観衆の歓声を集めているA-RISE。その〈見られる者〉としての振る舞いを、海未は「堂々としています……」と解説してくれる。それに対して、「負けないぞ」とつぶやく穂乃果。モニターをじっと見つめる穂乃果のアップ×3、〈見る者〉の力強い視線。そこに横から綺羅ツバサ本人が入ってくる。

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その視界のなかに、ツバサは自分から入ってくる。カメラ=穂乃果の視線を下げて、物語内アイドルの自身の映像と入れ替わる。ここから第3話は、次に彼女がどう動くのか、何を言うのか、その期待に引っ張られていく。

 このシーンの密度は高い。ツバサの姿を捉えるために、カメラ(穂乃果POV)が下がり、画面内モニター=〈見られる者〉のA-RISEを画面外に押しやる。ツバサが「高坂さん」と呼びかける。(「もうむやみに大声は出さない」と言ったはずの)穂乃果が叫びそうになる。が、しかしツバサは穂乃果を黙らせ(!)、穂乃果の腕を取り(!!)、そのまま引っ張って走って行く(!!!)。この一連の動きが映像の主導権を穂乃果から奪う。続いて花陽がびっくりするシーン、グッと寄っていくカメラがギャグっぽいが、次のカットでツバサがこちらを向くことで、そのズームが彼女の視線の威力に見えてくる。花陽がUTXに突入する動きが、穂乃果が連れ去られたからではなく、花陽がツバサを見たからでもなく、ツバサが花陽を見たからというふうに上書きされる。Bパートに入ってA-RISEによるμ's評、彼女たちはμ'sのことを実によく見ている!「私たちも負けません!」と言った穂乃果に応じるかのように、唐突にUTXライブを提案するツバサ、即座に「やります!」と応える穂乃果。次のシーンはもうライブ当日である。ツバサの言動が展開の起点となり、映像を振り回す。その視線、その言葉、その動き、その能動性。これは1期で穂乃果が見せてきた魅力そのものではないか!1期の記事で詳述) A-RISE=綺羅ツバサは、物語内アイドル=〈見られる者〉として振る舞うだけでなく、映像を振り回す〈見る者〉として、穂乃果的な在り方も兼ね備えていたのだ。

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その眼!

 自身と似た在り方も示した綺羅ツバサに対して、いっぽう穂乃果は第3話でも徹底して能動的に振る舞っていた。彼女は「文字を読むのが苦手」なので、サイトの画像を見ることで、初めてルールを把握する。そのライブ会場について、前半部でこう提案していた:「この学校をステージにしない? ここなら緊張しなくて済むし、自分たちらしいライブができると思うんだ」。この完全に自己本位な発言。だが1期11話時点ほどの神通力は既に穂乃果にはない。にこのツッコミは「甘いわね」「画面の中で目立たないといけないから、目新しさも必要になるのよ」。〈見られる者〉として他者の視線を意識せよ、自己目的的な穂乃果とのわかりやすいコントラスト(参考:1期9話など)。さらに放送室のシーン、マイクに激突した出だしとは裏腹に、しゃべりだすと案外ちゃんとトークができる穂乃果(意外そうなメンバーの顔が面白い)。ここで放送というシチュエーションがおいしい。音声の放送には、視覚的な要素はほとんどない(もちろん全く無いとは言わない)。そんな他者の視線と無関係な状況下でも、自分から声を出す=能動的に振る舞う穂乃果の表情は、前のシーンで花陽にカメラを向けられたときよりよほど活き活きとしている(他者を意識して恥ずかしがる海未・花陽とは対照的だが、逆に〈聞かれている〉ことが想定できないから、最後は大音量で「爆発」している)。ライブ当日も、A-RISEのパフォーマンスを目の前で見たメンバーが(モニターではピンときていなかった凛でさえ)ネガティブなムードに落ち込むなか、しかし穂乃果は「こんなすごい人たちとライブができるなんて……自分たちも、思いっきりやろう!」。ライブすら、穂乃果にとっては〈見られる者〉のステージではない。自分たちとA-RISEを〈見られる者〉として比べるのではなく、「思いっきりやる」=歌って踊る〈動く〉側から、同じ舞台に上がろうとするのだ。これぞ!

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穂乃果の「見られる者」としての無自覚さ。カメラを向けられてもボケっとした表情。だが放送でしゃべっているときは、誰にも見られていない状況でも、左よりよっぽどいい表情である。

 そしてライブシーン。似た者同士ともいえる綺羅ツバサと高坂穂乃果が、同じ場所で、A-RISEとμ'sの連続したライブパフォーマンスで並べられる。似たものを近づけるから違いが際立つ。まず楽屋シーン。「今日は勝負なんだから」と言ったにこをはじめ、μ'sのメンバーとA-RISEがきっちり着替えて登場する中で、穂乃果は暢気に屋上から景色を見ていたのでまだ制服姿(ここで希が一緒なのが面白い)。緊張感のない「あ、こんにちわ」の挨拶が良い。ツバサが〈見られる〉モードに移行しても、穂乃果はまだ〈見る者〉としてある。次、ライブの見た目。両者のステージは、本当に同じ会場なのか疑問に思えるほど趣が異なる。A-RISEがセットの背景と人工的な照明を使うのに対して、μ'sはかなりオープンな空間(それを示すかのように空撮っぽいロングショットも入る)。A-RISEが歌っていたのは夕暮れの時間帯だが、そのうちに日が暮れて、μ'sのライブは夜。青い照明のような高層ビルと、都心とは思えないほどの星空が見えている。なんだか夜のほうが明るく見える。

 さらに、決定的に違うのが、ライブを見る者たち。1期では、μ'sのライブが徹底して自己目的的であり、ファンや外部からの評価が眼中にないことを強調したが、2期3話に至ってμ'sはついにラブライブ予選に出場し、まさにA-RISEと同じ舞台に上がっている。上ではその能動性を取り上げたが、ライブ自体は予選突破=他者の評価を目的にして行われているわけで、この点で両者に違いはない。ライブ中に挿入される評価の折れ線グラフも同じだ。しかし観客の現れ方は違う。μ'sのライブの直前、穂乃果が「μ'sミュージック……」と言いかけたところで、突然やってきた音ノ木坂の生徒が「穂乃果!」と呼びかけて、掛け声が中断されてしまう(!)。穂乃果はちょっと笑顔を見せるが、そのまま「さあ、行こう!」とライブに入り、生徒たちとは特に絡まないまま終わる。

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同じステージのはずだが、μ'sの方がオープンな空間に見える。だから、周囲を味方につける。

 この唐突な登場は、生徒たちがモニターの前で見るのではなく、電話やメールでメッセージをよこすのでもなく、実際に穂乃果たちの目の前に現れたことが意味を持つ。A-RISEの観客は、モニター越しに彼女たちの姿を見ていた。観客との間には明確な境界がある。いかにツバサが〈見る者〉として能動的に振る舞おうと、パフォーマンスにおいては彼女は自覚的に〈見られる者〉になる(この界面を一瞬で突破した=見せられる観客から脱して自分から動き始めたのが、1期1話の穂乃果である)。しかしμ'sを見る者は、実際に彼女たちの目の前に現れた。μ'sは一方的に〈見られる者〉の側に立つのではなく、目の前の生徒たちを〈見る〉側にも位置づけられたままパフォーマンスする。そしてこのことは生徒たちにも跳ね返り、彼女たちはただμ'sを〈見せられる〉観客ではなく、μ'sと共に動く者としてUTXの屋上に現れる。駆けつけた生徒たちは「手伝いに来たよ」と言った。ただ「見に来たよ」ではない。「手伝いに来た」、すなわち自分たちも動き、ライブに参加しようとする意志。彼女たちは勝手に、自分から、能動的にやって来た。A-RISEが画面の前に観客を集めるのに対して、μ'sは共に動く者を、その目の前に呼び寄せたのだ。

 第3話では、作中これまで〈見られる者〉でしかなかった綺羅ツバサが〈見る者〉として現れ、穂乃果と似た(あるいはそれ以上の)魅力を持つ人物として存在感をみせた。そのツバサは、ライブパートでは〈見られる者〉の側に移行し、他者の視線を惹きつけて、道行く人を観客に変える。このON/OFFの倫理が、(少なくとも第3話での)ツバサの在り方である。それに対して、穂乃果はあくまで能動的な、〈見る者〉の側からステージに上がる。しかし、だからこそ、穂乃果は観客を、ただ受動的に〈見せられる者〉にしておかない。〈見る者/見られる者〉の境界を壊し、観客を協同参加者に変える(cf.2期OP)。他者を動かし、壁のない屋上まで呼び寄せて、その場で共に光を浴びる。3話の共同ライブからは、そういう両者の違いがみえた。

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ライブ当日の楽屋。メンバー・A-RISEがきっちり着替えている中で、穂乃果は屋上から景色を見ていたのでまだ制服姿。右、μ'sがA-RISEのライブを見たように、A-RISEもμ'sのライブを見ていた(ツバサが穂乃果にUTXライブを提案したのは、ただ自分がμ'sを見るためだったのではないかとも思える)。しかしこの画面では、A-RISEよりも、音ノ木坂の一生徒のほうが、大きくて明るい。μ'sのライブに参加したからである。

(追記)書き漏らし。最初のシーンで、穂乃果とツバサが(離れた場所から)同じ画面を見ていたことは、〈見る〉動きが二人を結ぶ端的な表れなのだった。同じものを見る者は繋がる。

「ラブライブ!」2期第1話:#14∧#1



 なんと生徒会長になったらしい高坂穂乃果が舞台袖から登場、自己紹介を始めたと思ったら、突然マイクを投擲し、これまでの経緯をミュージカル風に歌い出す。ヒデコ・フミコ・ミカの3人組をはじめ、μ'sのメンバーや一般生徒をも巻き込んでいく穂乃果。階段の手すりを滑り降りてくる動き、歌と踊りに他者をも巻き込んでいくその姿。彼女は自らの歌と踊りをもって映像を起動する。1期13話の宣言=「μ'sミュージックスタート!」を引き継ぎつつ、嘘くさいライブパートを突っ切って「疲れた~」と言った現実では、しかし彼女は歌うどころか一言も話せていなかった。虚構レベルが断絶した映像を強引に行き来するその在り方。思い出すのは、……=1期1話

 思い出させられるのは冒頭の1話だけではない。2期1話は背景と登場人物を入れ替えながら、「ラブライブ!」1期全13話を早回しで蒸し返してくる。CM明けは、穂乃果・海未・ことりの3人で講堂あいさつの反省会。海未「せっかく昨日3人で挨拶文も考えたのに」穂乃果「せっかく練習したのに~」。この3人+講堂+練習と成果の披露(の失敗)、これらが合わされば、連想するのは=3話。次、穂乃果に会長の仕事を振る海未。ファイルを渡した後、わざわざ紙を手渡して読み上げるのは、一般生徒からの要望書。生徒会長の仕事は多い。ことりが「3人いるんだし、手分けしてやれば……」と言ったところで、絵里と希が登場。3人という限定はすぐに拡張される。紙のやりとり+匿名生徒の声+3人からの拡張、これは=2話。にこの登場で場面転換。あの音楽+青空の屋上でにっこにっこにー、明らかに=5話。立て続けに、カメラ+にこの黒いオフ台詞+花陽の知らせ=6話。穂乃果を探して走り回る1年組とにこ、部室→生徒会室→教室→屋上→アルパカと移動して前庭へ。穂乃果の不在+1年組の移動+きっかけはアルパカ+背景のあの木=4話。部室でラブライブのチュートリアルをする花陽+振りかかる試練=7話。穂乃果の「○○なくていいんじゃないかな」は=6話。ちょうど半分でCM。

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1期の各話を思い起こさせる映像が続く。右はラストカット、やはり正気じゃない感じがある。

 B。ここはちょっと強引に、第二部室+自分を見つめる+写真で遊ぶ・アキバに出たμ's(特に絵里)で、=9話。夕陽の背景でA-RISEを見るのは=13話も思わせる。画面分割の電話シーン+雪穂と亜里沙+廊下で絵里と希の会話=8話。海未に渡されたファイルをちゃんと運んでいる穂乃果に、にこが絡んでくる。勝負をするらしい。ジャージ姿+神田明神+コケるにこ+雨は=5話だが、階段を走る穂乃果+雨で=11話にも見える。雨が降っているから屋根の下に固まる9人。穂乃果を囲み、マジな雰囲気で9人がどうたらこうたらと言い出す=12話。「だってー可能性感じたんだー」の歌声に釣られて歌い出し、穂乃果は復活を宣言。駈け出して「雨やめ!」と叫ぶ。本当にやむ(ここで雨が降っていたのは明らかに穂乃果に雨をやまさせるため、そのきっかけはにこがコケたこと。にこと雨はつくづく仲が良い)。このへんは当然=13話。おまけに、「次回のラブライブ!」(合宿っぽい)=10話

 ……というふうに、映像は1期全13話っぽい断片をつなぎあわせたように展開する。2期の1話で1期を総ざらいしておくのは、たぶん珍しいことでも面白いことでもないが、だが1期の魅力を映像上での物語と登場人物の暗闘に見た当ブログにとっては事は重大であった(詳しくは総論など)。14話なのか新シリーズ1話なのか、はたまた「ラブライブ!!」とかやってしまうのか。で、結局のところ、タイトルは「ラブライブ!」のまま(一応「2期」とか「2nd Season」とか付いたりする)、直系の続編なのか再スタートなのかも曖昧さを残したまま、映像は1期の達成を早回しで再現するかのように展開し、エンディング「それは僕たちの奇跡」、=オープニング(クレジットも「OP」になっている)。結びにOPが流れるのだから、本編は全部アバンである。では「ラブライブ!」のアバンには何があったか? 思い出すのは各話冒頭、「前回」と宣言することで、映像のピントを〈いま〉に合わせたあの掛け声。2期1話は、言わば全体が「前回(まで)のラブライブ!」だったのだ。タイトルの「もう一度ラブライブ!」は、作中イベントの「ラブライブ」と作品名『ラブライブ!』を重ねて2期の開始=第1話を表しているのみならず、もう一度1期の「ラブライブ!」を展開し、μ'sをその先=第14話に置く操作でもあった。ラスト、「優勝を目指そう!」(1期ではありえないセリフ!)と言った穂乃果がカバンを上着を脱ぎ捨てて走ってくる映像から思い起こすのは、言うまでもなく=1話。1期の成果を引き継ぎつつ、新たなスタートを切る。穂乃果が映像の駆動原理から降りた〈いま〉の中で、彼女たちはどう振る舞うのか。14話でありかつ1話でもある映像のラストカット、穂乃果の顔は画面からハミ出て、ピントは追い付いていない。

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左が2期1話(仲間のもとへ駆けていく)、右が1期1話(誰もいない、ぼんやりとした空間に駆けていく)。こういう違いに、つい目が行ってしまう。わざわざ雨の中に走っていったのは、この助走距離をかせぐため。走るための後退。

OP∧ED

 飾り付けられた体育館でのライブシーン。観客のような、かつ音ノ木坂の生徒=μ'sを応援する関係者のようでもある学生が後ろにずっと映っているのが印象的だ(当ブログの1期の読みからすると、μ'sが大勢の観客の前でライブしているというだけで隔世の感がある)が、にこのジャケット絵の後、カメラが後ろに回りこむと、この生徒たちはμ'sの正面にはいないことがわかる。μ'sは生徒たちと共に無人の体育館に向かって歌っている。

 曲のクライマックスでは、穂乃果を中心に後ろを向く振り付け。ここでカメラがぐるっと回り、いままで後ろに映っていた生徒たちが、μ'sの正面=普通の観客の位置に来る。観客∧支援者だった学生が観客の側に移り、μ'sを中心にして、物語内観客と視聴者の位置が入れ替わる。このことで、μ'sの正面にいた(映像上にはいなかった)視聴者が、彼女たちの後ろにいる者としてそこに現れているかのように思えてくる。ただの観客ではない、μ'sの支援者であると思わせてくれるサービス。次のカットで、生徒たちががフレーム外に消えるほど穂乃果に近づき、穂乃果がこっちに振り向いて腕をぐるぐる回す。体勢を崩しそうなほどこちら側に伸ばされた腕は、しかし何も掴まずに、向こう側でグルグル回るだけ。ここで曲の最初から舞っていた花びらの追加効果。ご丁寧に、穂乃果の伸ばされた手とカメラの間に花びらが映りこみ、スクリーン的な壁を感じさせてくれる。

 切り替わると、あちら側に駆けていく後ろ姿(置いて行かれる!)。その先に見えるのは、物語の“ホーム”だった音ノ木坂学院。彼女は還っていく。Cメロの歌詞がよく聞こえる……楽しげなOPが生前葬に見える。

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左でμ'sの前に観客がいないことがわかる(後ろ側に向かってパフォーマンスするにこのプロ根性も見える)。このことで、サビのダンスがとても空虚な、物悲しい感じに見えてくる。PVだと考えれば客がいないことは不思議ではないし、「生徒たちと共に歌っている」とポジティブに見ることもできるが、ここでは「誰もいない空間に向かって歌っている」ほうで拾ってみたい。右で穂乃果がカメラを振り回し、場のカラクリ効果が見える。

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曲の開始とともに舞っていた花びらの視覚効果。穂乃果が腕をグルグル回す動きと相まって、スクリーン的な壁を感じさせる。1人1ジャケット絵の割り当てからすれば、右はその法則を崩すが、1期の最初を逆走するこのカット1秒が感慨深い。

「ノワール」(BD版)第4話

 作中でもかなり地味な回、という印象もある第4話。その理由は「Noir 各話音楽含有率」(Noir #26 誕生 « ぐる式)を参照すれば一目瞭然、全26話で最も音楽が鳴っていない回だからである(それでも比率は50%を超えている)。奇しくもタイトルは「波の音」、……この明らかなる仕掛け。

 開幕はパーティ会場。お気楽なムードにふさわしい音楽が流れている。レコードっぽい音質……と思っていると、ちゃんとラッパ型蓄音機が映る。ミレイユ登場、お色気作戦で男の銃を取り、始末しようとするまさにその時、カメラは回転するレコードを大写しに。すると音楽が途切れて、わざとらしいタバコの落下音と女の悲鳴。今度は霧香が赤く光るフォークを見せる。ということは霧香もターゲットを既に始末したわけで、するとさっきの悲鳴はどっちの仕事に対するものなのか曖昧になる。レコードを大写しにして視覚と聴覚を一致させておきながら、音楽と物語の両面で直後にそれをぶった切る。なんとも人を喰った音響演出。タイトルは「波の音」、視覚的な波とその音はどう交差するか。

 クリミア=ウクライナ情勢緊迫の折、「ウルジア」なる国のクーデターコーディネートと言われると、なんだか妙にリアルな感じが。海岸リゾートっぽいコテージに着くノワールふたりのバックには早くも波の音が聴こえている……ような気もするが、さして印象にも残らないうちに画面はアトライド社へ。やたらガチャガチャした音を立てて開くエレベーター。こっちのほうがよっぽど耳に残るし、SEがこんなに聞こえたからこそ、そこが音楽無音の場所であることに注意が向く。第4話はノワールふたりとターゲットのアトライド社(の社長)を交互に描いていくが、アトライド社パートは最後まで無音なのである。音楽含有率の低さもこれで納得。「タナーとフォスターはツイてなかった。……が単にそれだけのことだ」と切り返す社長が良い。

 ノワール側に視点が戻ると、さっそく音楽と波の音。だが海は遠景にあって波が見えない。「静かな海ね」というミレイユのせいで余計に波の音が気になるが、画面はぼんやりした霧香の表情から1話の竹林戦闘シーンの回想へ。ここの回想が音楽無音で風の音を聞かせる!「canta per me」が朗々と流れていた1話とは全く違う感触で面白い。回想から戻ると音は風から波へ。光る海に波がチラッと見えるが、また視点はアトライド社=ハモンド社長側に移ってしまう。空港での娘との再会からホテル(自室?)まで音楽は無し、微妙な親子関係と相まって重苦しい雰囲気。ノワール側に視点が行くところで、波の姿がハッキリ映る。徐々に存在感を増してくる波、何かが満ちてくる感覚。

 移動中の車内、「止めてくれ」と言う社長。小さな立方体の箱を、娘の写真の前に置く。誕生日プレゼントである。ああ、「ターゲットと護衛が気を緩める瞬間」に殺されなくてよかったね(cf.Phantom4話、この回と被せている?)。密告によって即座にコテージが包囲される。波の音が聞こえる。ここに至って波の音がノワール側=有音アトライド側=無音の橋渡しの機能を持たされていることがわかる。戦闘が始まるが、なんかこの回の霧香は作中でもかなりエロい感じがする。服装、表情、セリフ、妙に虚ろである。ミレイユ「やれると思う?」に対して「えぇ……?……」。

「canta per me」を引き連れて、冒頭で来た道を逆向きに走る。地下駐車場で「salva nos」、これまで無音だったアトライド社にノワールが音楽を連れてくる。アトライド社の人間のバックに音楽が流れたとき、そいつは死ぬ。霧香が社長に銃を向けてから射撃まではたっぷり30秒、ここで第3話でも使われていなかった「salva nos」ラストのギターパート! 「salva nos」は実に4話かけ続けて全体を明かした。曲が終わると霧香は撃つ、まるで音楽が聴こえているかのよう。

 ラストシーン、ロザリーと霧香がすれ違う。ロザリーのほうが長く画面に留まるが、カメラが追うのは霧香。最後に波だけが映され、その音が聴こえる。だがアトライド側に視点が移ることはもうない。

(追記)そもそも音とは波なのであって、この視覚と聴覚の交錯こそ、ノワールの妙味なのである。

「ノワール」(BD版)第3話

 言わずと知れたポップコーン回。雨の墓地、女が墓参していた墓はミレイユの右側にある。ミレイユの顔の向きとカメラの動きで表現されてはいるが、ちょっとわかりづらい(違和感を解消させるために俯瞰カットが入る)。要するに、ミレイユはわざわざ墓石と樹木の向こう側を見てしまうほど、あの女に気を取られたというわけ。

 霧香が起き上がり、立ち上がる。いちいち芝居が細かい、と思えるわりに、大胆な引き、散らばった写真の俯瞰、プリンター内部と、トリッキーな画が多い。コンテ演出の川崎逸朗によると(twitter)、MSCグロス回はこの3話とイントッカービレの8・9話、いずれもノワールにしてはアクションの激しい話数のような印象もあるが、実は相当工夫されていたようで。これらの回は作画的にも癖があって面白い。例えば、花屋の霧香の興味なさそうな表情、あるいはメンテ中に思わず銃を構え合う二人の、通じ合っちゃってちょっとびっくりしたその感じ。部屋の左側の姿見は、たぶん置くべきだが、置くんだったら鏡に映ったこちら側も見たい。

 さてこの回はなんといってもアクションシーンである。早くも「salva nos」が流れる中、敵地に侵入するノワール。警戒しながらドアノブに触れる霧香と、既にドアを開けてしまっているミレイユ。案の定ミレイユは敵に見つかってしまい、強烈な照明を当てられる。懐中電灯の照明と画角を合わせた暗闇の表現を味方にして脱出する二人。進入時には無人だったオペレーション室のモニターが点灯し、デュクスが追跡の指揮を執る。ここでノワールはべつに照明を落として回っているわけではないが、監視カメラを破壊する行為がモニター側から捉えられることで、暗闇への転換がノワールの能動的な動きとして描かれる。彼女たちは暗闇に追い詰められたのではない、彼女たちが暗闇を選択したのだ。最終的には、デュクスのほうが「カットしろ」と電源を切ってしまい、真っ暗闇に。ここですかさず「salva nos」のイントロ! 視覚がカットされ、音が聞こえ始める「ちょうだい、ポップコーンをちょうだい」

 1・2話でも書いたように、「canta per me」や「melodie」、「salva nos」といった、作品の鍵になる音楽については、使用範囲を広げながら次第に曲の全貌を明かしていくような音響演出がとられていた。「salva nos」は、第1話では顔見せ程度の使われ方だったが、第2話では1コーラスぶん使われている(クライマックス部分はアカペラ)。そして第3話。まずAパート、侵入失敗シーンで掛かるのはカラオケバージョン。2話アカペラ→3話カラオケ、焦らす焦らす。で、Bパート、本番アクションシーンで、遂に全体が使われる! 画面では、音響演出の存在感と呼応するかのように、視覚をカットされた中での聴覚を頼りにした超人的アクション。ポップコーン、グラス、暗視ゴーグルの起動音と、音響を味方につけて闘う霧香。そして曲のクライマックスは、それに合わせて突撃してきてくれるかのようなデュクス一味を、マシンガンで一気に叩く。連射しまくる霧香の姿は、黒を背景にした3カットで描写されて印象的だが、そう、これこそ暗闇の中で闘っていた霧香の“ほんとうの見え方”ではないか!

 霧香はいまやマズルフラッシュの照明効果をも利用し始めた。蜘蛛女に迫られていたミレイユへの警告は、マシンガンの連射音と、マズルフラッシュの照明。スローモーションで振り向くミレイユの映像で、「salva nos」がフェードアウトし、シーンがカットされる。このシーンのように、映像のバックグラウンドで音楽が鳴っているのではなく、音楽が映像の構成に介入してくるかのような音響演出は、いわゆる真下演出に特徴的なポイントだと思うが、そのような時間を作るための具体的な手順が見て(聴いて)とれる。“映画”と“弾丸”を思い起こさせるポップコーンをばら撒いて、霧香はその映像に参加するかのように闘った。演出と物語展開の噛み合った、傑作回の一つである。

(霧香のマシンガンの連射音は、ダビングで変更されたものらしい(twitter)。アンチリアルな初期バージョンにも興味をそそられる。そっちのほうが……?)

(参考)ぐる式: Noir #03 暗殺遊戯
「初っ端でいろいろな楽曲を小出しにして印象付けておき,続くパートの長流しでダメを押すという手法が共通しているのが見て取れる」。楽曲の使用時間の定量的な記述は、大いに鑑賞の助けになる。

「ノワール」(BD版)第2話

 BDのPVで気づいたが、「BEE-TRAIN」なる店が登場している第2話。カフェの席からゆっくりと立ち上がるミレイユが良い。冒頭で吹っ飛ばされた一家の葬式。楽しげな音楽が途切れ、墓地と葬儀の静寂が感じられる……と思っていると、カメラは「私の車で話そう」と言った男二人を追って車に入り、彼らがドアを閉めた途端、本当に無音の静寂。音響のフェイントと会話する二人の顔アップが、二人の間に座ったかのようなカメラを意識させ、注意を作品世界に引き込む。車内の空間の狭さ、二人の距離の近さ、会話の深刻さ。車内の二人は同時に映されないが、そのことが却って距離の近さを感じさせる。手前と奥に分かれて車から降りてくる二人。こんどは堅気と内通者の距離が感じられる。

 霧香の仏国旗のTシャツ、白の部分が大きすぎませんか。霧香がミレイユにナイフを渡す名シーンは、ミレイユの「そこのナイフとってちょうだい」でミレイユ側からナイフ手元のアップへ、霧香がナイフを回転させると、次のカットは霧香の一人称。セリフと動きとカメラの回転が噛み合っていて面白い。(1)ミレイユ側から台所の二人→(2)ナイフ回転→(3)霧香視点で無言のミレイユ→(4)ミレイユ視点でボーっとナイフを差し出す霧香→(5)もう一度(3)と同じミレイユ。(3)があるか否か。(2)の次が(4)では霧香がただの異物になる。(3)があるから、ヤバい人っぽい霧香と、それに比べればマトモだが結局は同業であるミレイユ、その微妙な距離感と付かず離れずのカメラが、妙な間とともに現れる。長い1話の回想は、時計を開けるあたりで「melodie」が2コーラス目に入るのが面白い。で、長い回想の後どうなるかといえば、ミレイユが植木鉢をちょっとズラすだけ。こうなると、否が応でも植木鉢は「melodie」と結ばれて、特別なモノとして見えてくる。

 レストランの席に着きすぐ席を立つ、あからさまに怪しいぞピエール・クレッソワ。ノワールが仕事を受け、PC画面に "I will undertake the case. noir" と打ち込まれると、次の場面は1話で見覚えのある荘園の風景。「les soldats」がプロローグ部分を超えて流れる。謎の女性=アルテナが書き物をしている。打ち込まれた "I will undertake the case." と「書く」という動作が結ばれる。主語がアルテナにすり替わり、「案件を引き受ける」は「核心に着手する」に読み替えられる。ノワールふたりの射撃訓練は、「les soldats」が流れ続けていることで、アルテナによる "undertake" の内であるかのように見えてくる。足を使った調査、射撃訓練、銃の手入れ、仕事人お決まりの準備プロセス。彼女たちが undertake the case することが、アルテナによる undertake the case なのだ。

「ノワール」のコードネームにビビりまくるルグランと、ぜんぜん興味なさそうなクレッソワ。「いくらでも手の打ちようはある」とか言っておきながら全く手を打っていないクレッソワはお笑いだが、本当にものすごく弱いので、まあ極右組織とはそんなものなのだろう(?)。だが明るいうちに死ぬこいつは前座。低い姿勢から的確に射撃するミレイユが良い。ノワールが仕事を遂行するうち日が落ちて、赤黄の暖色系だった背景が、紫と暗闇の霧香パートに変わる。だから、あのオッサンは影から出てくることができる。「好きにしろ」と言われて本当に好き勝手やっているこのオッサンはなかなか好感の持てる相手だ(そういえばこの首絞腕時計は「タイラー」でハルミ伍長が使っていた)。銃でピアノ線(?)を受け止めてサングラスの弦で刺すアクションは、面白いけどちょっと見えにくい。

 アクションシーンで流れるのは「salva nos」。1話ではほんの顔見せ程度の使われ方だったが、今回はちょっと長めに掛かる。だがまだ1コーラス途中までの溜め。明るくなったセーヌ河畔、帰還するふたりにはサビ部分のアカペラバージョン。この曲の全貌が明らかになるのは次回以降。空は黄緑、部屋は黄色、たとえ同じ部屋の同じ壁であっても、この世界では何色にでもなりうる。