スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不運ゆえの失敗、すなわち強運ゆえの栄光「ラブライブ!」第11話

 ライブ失敗=穂乃果が倒れた原因は、もちろん穂乃果のオーバーワークからの過労と体調不良だが、ではなぜ彼女は暴走したのか? 悩みを抱えていたことりがツッコミ役として機能しなかったことは、ひとつある。しかしそれは暴走を止められなかった原因であり、暴走それ自体の理由ではない。暴走の根本的な原因は、作中ではわざとらしいほど引き伸ばされた時間として表れていた。くじ引きである。

ll11-1.jpg
フラグを立てまくったくじ引き。ご丁寧に真姫の一言「予想されたオチね」

 やたらとハイテンションで印象的だったくじ引きの失敗こそ、穂乃果の暴走の遠因になる。くじ引きをハズしたことにより、彼女たちは講堂を使えなくなってしまう。これまたわざとらしいほどにメンバーが落ち込むなか、穂乃果は代替案として屋上での野外ライブを提案する。確かに他の候補(部室と廊下)よりは合理的な選択肢と言えるが、文句をつけたにこを遮るかたちで、穂乃果はメンバーを説得するために演説めいたことを言い始める。「何よりここは、私たちにとってすごく大事な場所。ライブをやるのにふさわしいと思うんだ」。この発言は、屋上という舞台とそこで行われるライブに、「講堂の代わり」あるいは「学園祭ライブ」以上の意味を持たせてしまう。これが穂乃果の暴走に繋がっていくのだ。

 しかしこの時点では、メンバー(や視聴者)にとって、彼女の言動は暴走でもなんでもない。これまでも見せてきたようなリーダーらしい言動は、ポジティブに受け止められるべきものだ。絵里は言う:「穂乃果らしいわ。いつもそうやって、ここまできたんだもんね、μ'sってグループは」。希も「確かに、それが一番μ'sらしいライブかもね」。その通り。いつもそうやってきたではないか。この作品は、いつも穂乃果の突発的な行動によって駆動されてきた(10話8話1話)。ここから穂乃果の暴走が始まるが、彼女の行動は、実は特別なものではない。高坂穂乃果というキャラクターは、いつも通りに行動しているに過ぎないのだ。

ll11-4.jpg
振付変更シーンの穂乃果は不気味だ。

 後半に進むにつれて、学園祭ライブの地位はどんどん上がっていく。たとえば、曲の変更を提案するシーン。穂乃果「μ'sの集大成のライブにしなきゃ」「ラブライブは、今の私たちの目標だよ」。7話の冒頭まで存在すら知らなかったラブライブが、いつの間にやら究極目標であるかのように言及される。この発言に対しても、希は「まあ確かに、それは一理あるね」。さらに振付まで変更するシーンに至り、無音の中でいきなり踊り始め、嫌がるメンバーを強引に練習させようとする穂乃果の姿に、ようやく暴走の不気味さが見え始める。冷静さを失わない海未はことりにツッコミを振るが、秘密を抱えたことりは「穂乃果ちゃんがやりたいようにやるのが、一番だと思う」と、不発。(穂乃果の暴走を止められなかった要因としては、ことりの遠慮は確かにあるが、完全にイエスマンだった彼女の不調よりは、これまで外部の視点を保っていた希の機能不全のほうがよほど深刻に見える。)

 そして学園祭当日。体調不良を押してライブに臨む穂乃果は、止まない雨に怯むメンバーを前にして、一席ぶつ。「やろう。ファーストライブの時もそうだった。あそこであきらめずにやってきたから、今のμ'sがあると思うの。だからみんな、行こう!」。このアジテーションに誰が逆らえようか! これには真姫さえテンションを上げ、メンバーたちは一致団結。「大丈夫。いける。できる。今までもそうやってがんばってきた。できると思えば、何だってやってこられた。大丈夫」。こうして穂乃果は、今まで通り、いつも通りのキャラクターを演じて動いた結果、雨中の野外ライブという最悪のコンディションで踊らざるを得なくなり、倒れる。

ll11-3.jpg
ライブ前のシーンは、作中でも屈指のかっこよさ。

 11話で穂乃果やメンバーが再三語るのが、「今まで通り」「いつもそうやってきた」というセリフだ。これは事実である。これまでも指摘してきたように、この作品は一貫して穂乃果を主人公として映しとってきたのであり、彼女が衝動的に・突発的に・気まぐれに行動を起こすことが、作品の駆動原理となっていた。そもそもの始まり=アイドル活動の開始じたいが、穂乃果の思いつきだったではないか。よって今回「暴走」したかのように見える彼女は、別に特別な行動をとったわけではないのだ。いつも通り、衝動的に行動しただけである。いわば彼女はいつも暴走していたわけで、今回も通常営業だったのである。ではなぜ今回だけ、酷い「暴走」に見えるのか? 単に失敗したからだ。その原因は? くじ引きをハズしたから。要するに、運が悪かった

 裏を返せば、これまで彼女の暴走は、成功=強運という殻に守られていたわけである。彼女は常に暴走していたが、しかし常に成功していた。メンバーを集め、アイドル活動を軌道に乗せ、μ'sをラブライブ出場目前にまで持ってきた。この実績=結果があればこそ、彼女の暴走は、例えば「主人公してる」とか、「いいリーダー」みたいな、甘々な評価にごまかされてきた。だが今回、いつも通りに暴走した彼女は、くじ引きをハズしただけで、不運だっただけで、最悪の結果を招いてしまう。逆にこれまでの成功は、運が良かっただけなのだ。彼女は恐るべき強運の持ち主なのである(今回もハズレくじを引いたのは穂乃果ではない)。穂乃果の行動は、完全に運ゲーなのだ。

 11話は、これまで作品を駆動し、視聴者にも好印象を与えてきた穂乃果の気まぐれな行動が、実は成功という結果をもって誤魔化されていただけであり、運が悪ければ最悪の結果を残す「暴走」であったことを明かした、素晴らしく悪意的な回だったと言えるだろう。しかしこれは彼女の魅力が消滅したことを意味しない。最悪の結果を導こうとも、行動し作品を駆動する主人公としての彼女の魅力は、それこそ「今まで通り」であるからだ。7話で書いたように、重要なのは結果ではなく過程である。彼女は暴走するから魅力的なのであり、これは次の12話で、さらに強烈な形で示されることになる。

 あと最後に言っておくと、この作品、OPの入りが毎回おもしろいのだが、今回は特に良かった。ラブライブだーーー!!!

ll11-7.jpg
よく叫ぶ主人公だ。

(→)集大成の最低化「ラブライブ!」第12話
(←)穂乃果の異常行動を数える「ラブライブ!」第10話
関連記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。