三重開封「ラブライブ!」第2話(3)

(1)(2)から続く

(3)3つの重ね合わせを解く

 真姫が「開封の儀」に立ち会っていた事実は、仮歌のCDを「手紙」として見る視線を得て意味を持つ。(1)で書いたように、仮歌のCDは、穂乃果妹の手で郵便物と混ぜられたことで、開封されるべき手紙に変性したのだった。差出人は真姫で、宛先は穂乃果たち3人だ。ところが(2)で見たように、映像は時間の連続性を混濁させ、最後に真姫が「開封の儀」に立ち会っていた事実を際立たせた。手紙の開封には、穂乃果・ことり・海未に加えて、真姫も参加していた。ここで手紙の「宛先」が拡張される。手紙を開封した一員として、真姫は「宛先」の資格を得る。真姫は「差出人」であると同時に「受取人」の役も果たしてしまった。

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CDを開けて再生するという何でもない動きに3カットを要す。「開封の儀」の多重性との符合。/この後の、曲を聞く3人を真上から捉えたカットが良い。3人は不動の姿勢で聞いているが、画が再生されるCDのように回転しすることで、何かが大きく動いたことが感じられる。

 これと同じことが、「差出人」の側でも起きている。仮歌のCDという手紙は、そもそも海未が書いた「歌詞の紙片」が原料だった。仮歌のCDは、「海未の歌詞+真姫の曲+真姫の歌声」という、三重の期待を保っていた。ということは、手紙を差し出した側も、真姫ひとりとは言い切れなくなる。こうして、今度は手紙に書かれた「μ's」という名前が、「宛先」と「差出人」の二重の意味を持ってくる。ここでCDを手にとった穂乃果妹のセリフを思い出そう。穂乃果妹は「宛名がないんだ。μ'sって書いてあるけど?」と言及することで、「μ's」と「名前」を結びつけた。確かに、この手紙には、「宛名」がなかった。そして同じように「差出人名」もなかった。「μ's」という名前は「宛先」であると同時に「差出人」でもあった。仮歌のCDは、μ'sからμ'sに宛てられた手紙だったのだ。

 そのCDを、穂乃果たちは屋上で再生する。ボーカルが聴こえ始めたところで、穂乃果は「この歌声……!」と、まず「真姫の歌声」に反応する。しかし上でみたように、この手紙は「真姫の歌声」にとどまらない多重性を保っている。すぐに海未とことり(この2人は真姫の歌声を聴いたことがない)が「私たちの歌……」とつぶやき、手紙の重ねあわせ状態を「私たちの歌」として確定させる。ここで用いられた「私たち」という一人称複数形こそ、「開封の儀」を解く鍵になる。少し前のグループ名決定のシーンで、穂乃果は投票用紙を開きこう宣言した:「今日から私たちはμ'sだ!」。「私たち」という一人称複数形と「μ's」という名前。両者はどう関係していたか? 結論から言えば、「真姫」「μ's」「私たち」に多重の意味を重ね合わせ、「私たち=穂乃果+海未+ことり」の等式を崩すこと。「私たち」という一人称複数形を、穂乃果・海未・ことりの3人から拡張させること。「三重開封」が生み出した効果はここにある。

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全ては「私たち=穂乃果+海未+ことり」の等式を崩すことに収斂する。

「私たち」という一人称複数形が指すものは何か。Aパート、穂乃果たち3人がグループ名を考えるシーンで、彼女たちはどのようにアイデアを出していたか。「なかなか思いつかないよね~」という穂乃果に対して、ことり:「何か私たちに特徴があればいいんだけど」、あるいは海未:3人とも性格はバラバラですし……」。これを受けて、単純に3人の名前を使って「ほのか・うみ・ことり」とか「陸・海・空」とか、どうしようもないボツ案が生まれてくるわけだが、注意すべきは、彼女たちが「私たち=3人」と、自明のごとく規定している点だ。ちらっと映される3人のメモの中に、「でもでもこれだと3人だけのグループみたいヤナ~」と(おそらく穂乃果の筆跡で)書かれているのも参照しよう。穂乃果は違和感を覚えつつも、3人は「私たち=穂乃果+海未+ことり」という規定から抜け出せていない。この等式が崩されるのは、最後の最後、三重の重ね合わせが開かれる「開封の儀」によってなのだ。

 まとめてみよう。(ア)「開封の儀」に立ち会ったことで、真姫は「差出人」であると同時に「宛先」にもなった。(イ)同時に「μ's」という名前も、「宛先」であると同時に「差出人」になった。(ウ)多重性を保っていたCDを「私たちの歌」に確定させ、「真姫の歌声=私たちの歌」かつ「私たち=μ's」と規定した。ここで(ウ)(ア)(イ)を代入して整理すると、「真姫=差出人=宛先=μ's=私たち」と、全てが重ね合わされる。真姫の歌声を「私たちの歌」として手に入れたとき、「μ's」=「私たち」は、「(穂乃果+海未+ことり)+真姫」に拡張されている。ここに至って「私たち=穂乃果+海未+ことり」の等式は崩された。「9人のμ's」に向かう準備はこうして整った。

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2人の表情の相関。互いに気づいていたのだろうか。

 これまで何度も書いてきたように、この作品の魅力は、物語の強制力に徹底して抵抗しているところにある。第2話では、穂乃果はまったくメンバーを集めようとしていない。真姫にはあくまで作曲しか依頼せず、すれ違う花陽と凛にも勧誘はしていない。つまり「メンバーを集める」という物語は、直接的には発動していない。その代わり第2話は、(1)真姫のCDが家のポストに投函されていたことと、(2)作曲・収録の過程がすっぽり抜け落ちていることという、ちょっとした餌を撒いた。ここではそこから「開封の儀」に多重性を積み上げ、それを解くことで「μ'sを3人から拡張する」という展開を導くことができた。物語の強制力に抗いながら、細部を積み上げて自ら物を語る映像。第2話の映像には、ツッコミを誘う綻びと、分解に耐えうる強靭さが、スリリングに重ね合わされている。

(参考)なんでみんなラブライブ!ってデタラメアニメ見てるの? 脳がスポンジなの? - 藤四郎のひつまぶし
突っ込みどころを参考にした。

(→)今を愛せ「ラブライブ!」第3話
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