梶浦由記に音響演出を丸投げする(なかれ)「劇場版まどか☆マギカ」

 まどマギ劇場版はひどかった。テレビ版ほとんどそのまま、特に工夫のない総集編。そもそも本編20分×12話=240分、前後編2本の映画にしたらそれって全部でしょうが。まどマギはプロット構成的にも映像演出的にもテレビアニメという入れ物に最適化された作品だったわけで、これならテレビ版を上映したほうがよっぽどよかった。20分で1ブロックのプロットをそのまま流用して、それで映画になるわけがない。テレビ版OP挿入はどうみても無理がある。

 あとは梶浦由記の音楽を堪能するしかないしそれが最大の魅力になる。梶浦本人によると新曲は全て映像に合わせて作曲されたようで()、新曲部分のハマり具合は素晴らしかったが、当て書きシーンとそうでないシーンで、音響演出のクオリティにかなり差が出てしまった。もともと梶浦の楽曲はそれ自体に存在感がありすぎるから、ちゃんと演出しないと映像がチグハグになる。まどマギはテレビ版からしてうまくいっていなかったし、よかったシーンも劇場版で変更されてしまった(さやかと杏子が初めて出会うシーンとか、キュゥべえが家畜の比喩を持ち出すシーンとか、ワルプルギス戦の2曲目とか)結果、なんだか微妙な印象になってしまった。

 梶浦本人に当て書きさせるのは、だから諸刃の剣なのだ。バランスがとれなくなるし、逆に映像と合いすぎていてPVみたいに見えてしまう=注意を引かなくなる危険もある。これを回避するには、全編当て書き、かつ映像を最初からPV的に構成していく必要があり、これを本当にやってしまった「空の境界」では奇跡的な映像が出来上がっていたが、普通そんなことはできないしやらない。音楽と映像の間に緊張関係を保ちながらも、その関係性を原理として映像を構成していくことこそ、楽曲の魅力を最大限に引き出す音響演出ではなかろうか。私見では、梶浦の強力なサウンドトラックをきちんと制御できていたのは、現在のところ真下耕一監督作品だけである。

 いくら当て書きのクオリティが高くとも、音響演出を梶浦由記に丸投げするなかれ。梶浦音楽を採用しつつ、それと闘う映像がみたい。もちろん「空の境界」的な、全編当て書きの梶浦ミュージカルもまた見たいけれど。

 スタッフロールのKalafinaは、久々に人外な曲でよかった。この映画で一番興奮したのはスタッフロールである。


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