アイドル∧マスター=愛「アイドルマスター XENOGLOSSIA」(1)

「アイドルマスター XENOGLOSSIA」は、Google検索にその名を入れれば「黒歴史」とサジェストされるような、まあ独特の地位を獲得している。その具体的な内容については、簡にして要を得た彼の記事(本当は面白い「アイドルマスター XENOGLOSSIA」 - ちゆ12歳)に詳しいが、しかしリンク先でも示されているように、「作品自体のクオリティは大変高く」、「黒歴史」と貶められる風潮は、どうやら「原作を見なかった」ことに由来するようである。アイマスである意味はないが、別物として見れば面白い……というところまでが、ゼノグラシアを語るテンプレなのだ。

 本当にそうだろうか?

Pの分散

 原案ゲームから「ゼノグラシア」へ変更点は数多あるが、その中でも最も重大なのは、P=プロデューサーが消去されていることである(これに比べれば、その他の設定や声優の変更など、些細なことに思える)。まず原案ゲームでPが果たしていた役割を振り返ってみよう。P=ロデューサーはレイヤーの分身であり、ゲーム内でキャラクター=アイドルをプロデュースしていく存在だった。Pはプロデュースする(目をかける)キャラクターを選別し、売り出すアイドル(プロダクト)として調教しながら、コミュニケーションを取り「思い出」を獲得し、「ファン数」なるスコアを競い合う。Pはこの強大な権限を行使しながらゲーム内のキャラクターと関係を築いていく。タイトルの「アイドルマスター」とはプロデューサーランク=プレイヤーに与えられる称号であり、Pがアイドルをプロデュースする「名人」であると同時に、キャラクターを使役する「主人」であることを意味していた(これは「ポケモンマスター」と同じ用法である)。P=プロデューサー=プレイヤー=マスターは、キャラクター=アイドル=スレーブを見つめる(選別する)者であり、かつ使役(調教)する者でもある

 なんだかとってもマッチョでやらしい関係にも思えるが、原案がゲームである以上、これは必然的な構造だといえる。ゲームとは画面外のプレイヤーが画面内世界に干渉し、その結果をシミュレートする遊びである。プレイヤーは変数を入力する立場にあり、画面内のキャラクターを一方的に見つめて使役する、強大な権力を持つ存在なのだ。しかしこの構造を無自覚に映像作品に移植すると、それは安易な代理戦争の様相を呈することになる。マスター/スレーブの権力関係は、ゲームが持つプレイヤー/キャラクター構造の内では正当だが、プレイヤーが存在しえない映像の中では無根拠である。ゲームを映像化するにあたっては、ここをなんとか処理しなければならない。例えば、先に挙げた「ポケモン」では、脚本の首藤剛志はこの代理戦争問題を消化するのに苦労している(『ポケモン』バトルを否定していいのか?(WEBアニメスタイル_COLUMN))。これを最も簡単に解決する方法は、おそらくマスターとスレーブを一体化することであり(多くのロボットアニメはロボットの損傷を操縦者の痛みとして描く)、「ゼノグラシア」と関連する「舞-hime」シリーズにおいても、両者は概ね一心同体の関係だった(いろいろ面倒な設定があったが、簡単にいえば、スレーブが死ぬとマスターも死ぬ)。あたりまえの一般論が長くなったが、要するに「アイマス」はキャラクターを使役して競わせる構造を持つゲームであるゆえ、Pの特権性をごまかすのはかなり大変なはずなのだ。

 では「ゼノグラシア」はどうしたのか。「ゼノグラシア」は、Pの権限を、マスターとスレーブに分散して振り分けることで処理している。まずキャラクターの相手をロボット=非人格にして、プレイヤーの分身であるプロデューサーを消す。そのロボットをiDOLと名付け、さらにアイマスのキャラクターたちを操縦者にすることで、キャラクターのマスター/スレーブの位置を反転させている。第2話で主人公・天海春香が知るように、「ゼノグラシア」においては、「アイドルマスター」とはキャラクター側に与えられる称号である。

 しかしこの作品のマスターは、原案ゲームのP権限の半分しか持たされない。Pの権限:「見る者」と「使役する者」のうち、「使役する者」としてはマスターだが、「見る者」の権限はiDOLの側にある。第1話の冒頭、オーディションを受けに来た天海春香を盗撮するiDOLの姿は、「見る者」としてのPの権力を受け継いでいることを示している。キャラクターたちに容赦ない視線を浴びせ、「盗撮魔」として名高いiDOLたちの存在は、明らかにP=プレイヤーの半身としてある。

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盗撮というけれど、それはプレイヤーがいつもやっていることだ。(1話)

 要するに、「ゼノグラシア」は、ゲームの構造によって正当化されていた権力者Pの存在を消し、その権限をマスター側のキャラクターとスレーブ側のロボットに分散して振り分けることで処理している。まとめると以下。

<原案ゲーム>
プレイヤー=プロデューサー見る使役マスター
キャラクター=アイドル:見られる・服従:アイドル(スレーブ)
<ゼノグラシア>
キャラクター=主人公:見られる・使役マスター
キャラクター=ロボット:見る・服従:iDOL(スレーブ)

こうしてみると、アニメ版「アイドルマスター」第1話の、ご丁寧にも視点としてプロデューサーを設定した演出にはぞっとするものがあるが、いっぽう「ゼノグラシア」は、この捻れた関係性を保ったまま、主人公たちを「プレイヤー」の位置に立たせていく。

(続く)
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