アイドル∧マスター=愛「アイドルマスター XENOGLOSSIA」(2)

(1)から続く

プレイヤーの再設定

「ゼノグラシア」で面白いのは、ゲーム由来の強大な権力を持つP=プロデューサーは消去しながら、ゲームをプレイするP=プレイヤーの存在を作品内に再設定している点である。原案ゲームでPに与えられた称号「アイドルマスター」は、本作では主人公たちiDOLイロットを指すものだった。このことが直接的に示しているように、春香たちは単なるパイロットではなく、ゲームプレイヤーの位置に強制的に立たされる。というか、iDOLを操縦することが、明らかにゲームプレイを想起させるように描かれている

 例えば、iDOLの起動シークエンス。iDOLを起動するためには、まずコクピットで「アイ」と呼ばれるキーを挿し込まなくてはならない。この「アイ」という小道具は、iDOLの起動キーであると同時に、特定のiDOLとマスターの絆の証「愛」、iDOLの感覚器官とくに視覚の延長としての「eye=目」、それらをまとめて「I=私」、さらには劇中で「天才でもなしえなかった」と語られた「i=虚数領域」……と、まあいくつもの多重性を帯びているが、ここで春香たちがアイを挿し込む動きに注目すると、細長い投入口にアイを挿し込む動作が、プレイヤーが筐体にクレジットを投入する動作とパラレルに見える。先に書いた機能を考慮して言ってみれば、春香たちはクレジットとプロデューサーカードとユニットカードを全部まとめて「アイ」として投入し、iDOLを起動するわけだ。……ゲームスタート。

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スタイリッシュクレジット投入(3話)

 iDOL起動、モニター点灯。iDOLのコクピットは全天周囲型ではなく、モニターに視界を映し出すタイプ。この見た目もあって、iDOLはあたかもゲームをプレイするかのような感覚で操縦できるようだ……第3話で春香自身が言っていた:「昔からこういうの得意なんだ、ゲームでも弟に負けないし」。さらに第16話では、もっと直接的に、iDOLのモニターでオセロゲームをプレイする様子が描かれている。このように、iDOLの操縦がゲームプレイと相似形に描かれたことによって、春香たちマスターは、コクピットに入ると同時に、強制的にプレイヤーの立場に祀り上げられる。iDOLはアーケードゲームの大型筐体なのだ。

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画面も操作もゲームっぽいコクピット。リザルト画面も出る。(4話・3話)

「ゼノグラシア」というゲームの正体

 さてキャラクター=マスターをプレイヤーの位置に置くことでどのような効果が生まれたのか。(1)で見たように、「ゼノグラシア」のマスターは、P権限のうち「使役する者」を引き継いだが、「見る者」の権限はiDOL側に受け継がれていた。春香たちマスターは「見られる者」であり、iDOLは彼女たちに容赦無い視線を浴びせかけていた。しかし映像は、「見られる者」のマスターを、ゲームプレイヤーの立場に強制的に祀り上げる。プレイヤーとは、画面内のキャラクターを一方的に見つめることができる、「見る」権限を有する権力者であった。iDOLはモニターに視界を映しだすタイプだから、ここでいう「画面」とは「iDOLの視覚」のことだ。ということは、iDOLへの搭乗は、マスターが「『見る者』としてのiDOLが見たもの」を見る者=iDOLと視覚を共有する者になることを意味する。春香たちはプレイヤー権限でiDOLの視覚をハックし、「iDOLが見ているもの」を見ることになるわけだ。では「iDOLが見ているもの」とは何だったか?

 iDOLが見たもの=画面に映し出されるものとは、「見られる者」としてiDOLに選別されたマスターの姿、つまり春香たちにとっては過去の自分自身なのである。春香たちは、iDOLを起動した瞬間、プレイヤーの立場=画面外から、画面内キャラクターとしての過去の自分を見るハメに陥るのだ。この捻れた構造は、単にPの盗撮性を暴露するだけでなく、春香たちアイマスのキャラクターに、かなりグロテスクな二重性を背負わせることになる。春香たちがプレイする(させられる)ゲーム:「アイドルマスター XENOGLOSSIA」では、彼女たちは自分自身を「見られる者」=キャラクターの立場、すなわちアイドルとして見なければならない。マスターは自分自身をプロデュースしなければならない(輝きを失うとiDOLが起動しない)。iDOLはただの筐体に非ず、マスター自身がアイドルになる「アイドルマスター」だったのだ。

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春香が初めてiDOLを起動するシーンでは、起動した一瞬の間、モニターに過去の春香自身の映像が映し出されるが、起動に失敗すると画面は暗転し、現在の姿が映り込む。画面内キャラクター=アイドルとしての春香画面外プレイヤー=マスターとしての春香が対照された場面。(3話)

「ゼノグラシア」は、Pを消し、マスター/スレーブの関係をひっくり返した上で、キャラクターをプレイヤーの位置に立たせることで、彼女たちに強制的に「見る者」としての権限を与えた。この手続を踏んだことで、春香たちは「見る者=マスター」であると同時に「見られる者=アイドル」でもある、グロテスクな二重性を帯びることになった。おそらくこの二重性こそが「ゼノグラシア」最大のキモである。物語の主軸をなす春香・千早・インベルの三角関係は、この捻れから展開していくことになる。

(続く)

(※中絶)
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