「ラブライブ!」第1話(intro)

「だって可能性感じたんだ、そうだ進め」……彼女は歌う。
「後悔したくない、目の前に」……彼女は目を開く、
「僕らの道がある」……彼女は駆け出す。

……彼女の「道」とは?

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彼女がこれから走る「道」=13話にわたるこの作品。

1.「いま」
 ナレーションは言う:「いま、私の通う音ノ木坂学院が大ピンチなの。それは……昨日突然、理事長によって伝えられた、学校廃校の知らせがきっかけだった」。この「昨日」という限定が、逆に語り手の「いま」を照射する。なぜ「今朝」でも「さっき」でも「あの時」でもなく「昨日」なのか。彼女がその歌を歌い終えたとき、映像が彼女の「いま」に追いつく。第1話は前日談だ。第2話からはライブ=「いま」である。

2.「見ること」
 彼女は目を見開いてから駆け出す。彼女は「廃校のお知らせ」を見て倒れる。だがナレーションが言うとおり、廃校が「突然理事長によって伝えられた」ものなら、彼女は集会でそれを聞いたとき倒れなければならない。「生徒に廃校を伝える理事長」と「廃校のお知らせを見る主人公たち」の映像は、時系列が逆転している。この操作が彼女を「見る者」に仕立てる。彼女の能動性が映像を動かし、A-RISEを目撃させ、歌う生徒を発見させる。同時に、アイドル(=見られる者)という主題との間に緊張関係を結ぶ。

3.「輝かしい高校生活」
 彼女の最初の言葉:「私の……私の輝かしい高校生活が!」。彼女が歌った「道」は、最初の言葉で既に示されている。これを受けた最後の言葉は「私、やっぱりやる。やるったらやる!」

4.「夢」
 オープニング後、彼女はもう一度目を開く。ここで彼女が「夢」としたのは、もちろん「廃校決定」のことだ。だが直後の廊下を駆けるシーンに、すかさず「叶え!私たちの夢――」のタイトルが入る。「夢」は多重の意味を帯び、直前のオープニング映像=アイドル活動が、「叶える夢」として浮かび上がる。

 冒頭3分に圧縮された、これから彼女が駆ける「道」。そこで彼女にかけられる言葉は「ついにおかしくなっちゃったのかな」。そう、こんなものに向かっていくやつは頭がおかしいのだ。この主人公は決して視聴者の分身ではない。感情移入など論外である。この主人公はフィクションの「道」を拓く存在であり、まさにその彼女、頭のおかしい女=高坂穂乃果が、扉をひらき、教室に浸入してくるところから、第1話は開始する。ぞくぞくするプロローグ、そのイントロダクション。

挿入歌「ススメ→トゥモロウ」の歌詞について

 冒頭とラストで突然歌われるこの曲は、イントロ部分がとても耳に入りやすい。「だって可能性感じたんだ そうだ進め 後悔したくない 目の前に僕らの道がある」。そう言って穂乃果が駆け出すことで、この作品はスタートする。これに続く歌詞には多重の仕掛けがあるように思える。

 まず、駈け出してカバンを放り投げたところ。「ドゥーン(笑)」に聞こえるのは「do」であり、「I do」と彼女たちの能動性を示すと同時に「I do!」「Idol」に見える視覚的な仕掛け。これに続くのが「I live」で、「ラブ」と「ライブ」が重なって聞こえる聴覚的な仕掛け(さらに「I live」は、「I=アイ=愛=ラブ」であるから、「ラブライブ」と読み込むこともできる)。ここで「live」は動詞なのだから、本当は「リブ」と発音しなければおかしい。これは日本語のいわゆる「ライブ」を動詞的に使っているのだろうが、それにしても作中で穂乃果たちが特にライブ活動を重視しているようなフシはない。

 そもそも「ラブライブ!」という作品名は、読者参加型企画の「ライブ感」を汲んだものだ。この「ライブ感」は、視聴者が参加できないTVアニメ版では、キャラクターの「生きざま」として表現される、「I live」とかいて「ライブ」と歌うように。つまり、穂乃果たちにとって「ライブ」とは「生きること」=映像での振る舞いすべてなのだ。「ラブライブ!」は、すべての過程が、彼女たちの「ライブ」である。作品のはじまりで、彼女はそう歌っている。

(→)「ラブライブ!」第1話:高坂穂乃果の躁鬱分解
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