「中二病でも恋がしたい!」第3話・第4話

 演劇の話を持ちだしたことで墓穴を掘っている。電波少女が演劇部に適性を示したように、中二病は演劇的である。誰も気にしていないのに、他者の視線を過剰に意識して役者っぽく行動してしまう、自意識過剰の恥ずかしさ。過ぎたキャラ作りの痛さ=中二病。演劇部のシーンは、演劇コードに守られた「安全な痛さ」を制度的に遂行する演劇部員を、電波少女が「全力の痛さ=中二病」でぶち倒すという、それはそれで悪意的ないい場面だったのだが、相変わらず妄想世界では「全力の痛さ」ばかり見せられ、しかも映像がピュアにそれに乗ってしまうので、つい「そんな生真面目に描かなくてもいいんですよ」と声を掛けたくなる。たとえ勝負で中二病に負けても、演技が上手いのは演劇部員である(実際はあまり上手くなかったが。上手く描くべきだった)。

 面白いのは、からくりシャッターとか片栗粉とか、たまに「舞台装置」を見せるシーンが入ること。もともと観客に異様に媚びた動きを見せる京アニのキャラは演劇的というか役者的だし、構成の花田十輝は演劇的なキャラクターを動かすことを(たぶん)得意としているのだから、うまくいけば「演劇劇」になりそうなのだが、「どう描くか」=京アニの演出が中二病的すぎるからただの茶番になっている。上では「ピュア」と書いてみたが、もし4話でチア美女に対して「あいつの世界の中で凄いやつだと思わせればいいんだよ!」と「演技指導」をしていた主人公のような演出意図なら、これは視聴者への宣戦布告である。翻訳すれば「オタクどもの世界の中で凄い作画だと思わせればいいんだよ!」か?舐められてるな。

 でもチア美女のキャラはよかった。同じ境遇を打ち明けた主人公をちゃんと拒絶したのは偉い。だってほんとに寒いから。彼女はツッコミ役として適任である。主人公は「乗らないでください!」とか言っときながらノリノリすぎる。
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