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「ノワール」(BD版)第1話

TVアニメーション『NOIR (ノワール)』 BD-BOX(仮) [Blu-ray]TVアニメーション『NOIR (ノワール)』 BD-BOX [Blu-ray]
(2014/02/19)
桑島法子、三石琴乃 他

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「視覚には黄、青、赤の三原色をMIX。聴覚にはダイアローグ、音楽、SEをMAX」。アリプロのOP、霧香のモノローグ、パリの風景、ミレイユの部屋、「Make a pilgrimage for the Past, with me.」。“知的サウンド暴力”アリプロのOPから始まり、「其はいにしえよりの運命の名」でおなじみ「les soldats」、アコギが激しい「romance」と、やかましい音楽が聴覚を賑わす。ミレイユが「Make a pilgrimage for the Past, with me.」と読み上げる、音楽が途切れる。ミレイユが「過去への巡礼?」と言い換える。霧香とミレイユの顔が画面上に重なっている。このメールはターゲットの顔を写し出す。ターゲットは夕叢霧香。差出人は不明。「Make a pilgrimage for the Past, with me.」と「過去への巡礼」は同義ではない。ここで消えた「me」とは誰のことか? モニターには霧香の顔が表示されているが、それは差出人ではなくターゲットの顔であり、画面には霧香とミレイユの顔が重なり、発話はミレイユである。「過去への巡礼?」とつぶやいたミレイユが席を立つ。聴覚の隙間に環境音が入り込む。やかましい音楽の連続が、それが途切れた後の音に注意を向けさせる。車の騒音がよく聞こえる! だがこの環境音も次の音響への前触れである、不意に流れだす「melodie」のオルゴール、ミレイユの動きが止まる、SEが無音になる。聴覚の注意はそのままオルゴールに引き寄せられ、視覚はそのように注意を引き寄せられているミレイユに引き寄せられていく。視覚と聴覚がシンクロした流れるようなズーム。「黒き手の処女たち」。

 目を奪われるのはその色彩。OPの飛び散る飛沫の美しさ。ミレイユの瞳の青さと髪の輝き。あの部屋が、こんなにも色彩豊かな舞台だったとは! あの工事現場が、これほどまでに赤と青の交錯する、緊張感にあふれた空間だったとは! まるで作品そのものを象徴するかのような、色と光が差し込む建築=構築/解体の現場! なぜ霧香はわざわざあの工事現場に逃げ込んだのか? なぜあんな危なっかしい場所に座ってミレイユを待っていたのか? 赤い夕陽=真っ赤な透過光を背景にしてミレイユと対峙するためである。立体的な空間に入り落下のアクションを可能にするためである。鮮やかなアクションを決めレベルをひとつ下げる霧香。涙を流す、その涙はアオリで捉えられる、上段のミレイユが映り込む、霧香とミレイユの画面上の大小。さっき飛び降りて霧香を追ったミレイユは、しかしここでは降りてこない。

 夕叢家。正座に慣れないのか、姿勢を替えつつ問うミレイユと、不動のままで銃を分解する霧香。ミレイユに語る体裁の回想がモノローグを自然に聞かせる。学生証の写真を見た後、鏡の人物にハッとする、これだけで全てが表現される(これに比べてPhantom1話の煩さよ……)。青い霧香の回想の後、ミレイユは赤い机に時計を出させる。ミレイユのトラウマ回想は黄。3度目の「canta per me」、竹林の緑が美しい銃撃戦。3度めにして「canta per me」が2コーラス目に入る。ハモリコーラスをアクションの合間の止め絵のタイミング=SE無音で聴かせる! ゆったりとパンしながら立体的に銃を構える黒服3人を切り返すこのカットは地味ながら名シーン。珍しい同話数の回想は、ここに至っては尺稼ぎなどではなく必然。霧香の青、ミレイユの黄、霧香の緑と結ばれた回想が、赤い画面に二人を呼び込む。夕陽を背負ったあの画面は、ここでもう一度現れなければならない。「私はいろいろなひとと一緒にいるときは、いつもひとりぼっちだった」。夜、飛行機が飛び立つと、次のカットは青空にはためくトリコロール。青白赤を国旗にいただく国で、二人の巡礼は始まる。光の三原色は赤緑青(RGB)、混合は白。色は青赤黄(CMY)、混ぜれば黒。三本の苗木。「starting in business Noir」。

 音楽が流れていないからといってその時間は無音ではない。激しい音響演出は音楽・SE・会話を等価に用いて時間を満たす。音楽が激しいからそれが止むとSEに注意を引かれる、さらに無音はブランクではなく「無音」という音響の時間を作る。そして、それらを侵犯する時計のオルゴール=「melodie」。1話のうちに4度も用いられるこの曲は、全て物語世界で実際に鳴っている音として鳴り始める。時計を閉じると曲は止まる。だがその音はリズミカルに展開し、作品世界の音から映像の音響演出に移行する。「melodie」と結び付いたソルダの時計は、物語上のキーとしてだけでなく、物語世界と映像演出を連絡するスリリングな性質を帯びてそこに描かれる。どこかの河原での二人の邂逅、夕叢家での対話。二人を交互に止め絵で見せる演出が印象的なこれらのシーンは、環境音を聞かせた後に「melodie」がその対峙を破り、次の映像を呼びこむ。霧香が建築現場に入り、ミレイユがトラウマを回想する。音と映像が緊張した時間をつくる。

「ノワール」(=真下作品)の魅力として、「間の上手さ」や「空気感の濃さ」はよく挙げられるように思う。それにはまったく同意するが、しかしそれらが具体的にどのように現れ、どのような効果をもたらすのか、言葉で書き出すのは非常に難しい。映像に映っていたものとそこから受けた感触を率直にメモしていくことくらいしかできない。いや難しい? 当人はこう書いていたのだった……「〈光の波長〉と〈音の波長〉の同時合体再生アート、…映画の正体は案外シンプルです」

(最初と最後の引用はサントラの真下監督の文章から)
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