スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」をどう語る(とつまらない)か

①鬱グロ展開つまらん系
新劇場版から入ったひとに限らず、たとえば「旧版でシンジ君はずっとウジウジしていたが、新劇場版では自らの意志で戦うことを決断する。エヴァ的内向性を引きずっているアニメ界に自ら終止符を打つべく、また作品を時代に適合させてアップデートすべく、新劇場版はアッパーなシンジ君が大活躍する娯楽大作となるのだ!つか、「破」はそうだったのだ!なのに「Q」では昔の鬱展開に戻ってるじゃないかコノヤロー!」みたいな。こういうひとは往々にして「破」が大好きである。

②庵野がー系
「この14年という時間はですね、旧劇場版から「Q」までにかかった時間なわけです。旧版はアニメ史的にサードインパクト級の影響を残してしまった。で、14年かかってもう一度やり直そうとするんだけど、だが周囲のアニメ環境を見渡して愕然とする。もうめちゃくちゃで、何がどうなっているのかわからない。時代に取り残された感じがする。しかも、それを自分のせいにされる。もうアニメなんかにかかわりたくない!そこに現れるカヲル君。「気持ちいい音が出せるまで、何度も繰り返せばいいんだよ」。そうか!かくしてエヴァ再起動。もうフォースインパクトはないって宣言。つまりシンジ君=庵野監督なんですよ!」。だから?

③ちゃぶ台返しもうええわ系
ふつう、この映画を見たら、「ああ、庵野はやっぱりこのパターンか」みたいな感想を持つだろう。マリの言葉を借りれば、「うわ~もうしっちゃかめっちゃかだよ~」。しかし庵野監督はこれにものすごくこだわりがあるらしく、上の①的期待を裏切って、またちゃぶ台ひっくり返し系、無に帰すパターンできた。同じパターンでやられたら、もうええわ、となるのが、たぶん正しい。そんな「正しい見方」には抵抗しなければならない。ではオタクはどうするのか?庵野監督のこだわりをいじくりまわそうとするだろう。たしかに描かれていたのは、ちゃぶ台ひっくり返しであった。それはどう描かれていたか?どうひっくり返したか?

④ループ系
たとえば、カセットプレイヤー。「序」では再三巻き戻されて再生を繰り返していた=「序」は旧版とほぼ同じであった。「破」でプレイヤーは壊れる。シンジ君みずから捨てる。で、綾波が特攻して消滅=「破」は旧版から逸れ、新たな展開へ。繰り返しは止まり、いろんな意味で過去の亡霊=レイと共に消滅。だが「Q」で、テープは(やはり綾波の手で)再びシンジ君に戻される。鬱期に入ったシンジ君はまたテープを再生し始める。が、このテープは最後まで再生されない。少なくとも、巻き戻される描写はない。アスカの手でプラグから引きずり出されたシンジ君は、テープを落として=捨てていく。だが、やはり綾波がそれをもってついていく…。

⑤「フォースインパクトはないよ宣言」としての、
軽快なちゃぶ台返し。というか、ちゃぶ台の重さそのものをゼロにする=無に帰す。最後はサービス回=エヴァ無双なの?できれば親父の部屋は発艦していただきたい。
関連記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。